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広島地方裁判所 昭和51年(ワ)518号 判決 1979年2月22日

目  次

主文

事実 <略>

第一 当事者の求めた裁判 <略>

第二 当事者の主張 <略>

一 請求原因 <略>

1 当事者 <略>

2 スモンの概要とその病因 <略>

3 被告国の責任 <略>

4 被告製薬会社らの責任 <略>

5 損害 <略>

6 結論 <略>

二 請求原因に対する被告国の認否及び主張 <略>

三 請求原因に対する被告チバの認否及び主張<略>

四 請求原因に対する被告武田の認否及び主張<略>

五 請求原因に対する被告田辺の認否及び主張<略>

六 抗弁に対する原告らの認否及び再抗弁 <略>

第三 証拠 <略>

別紙 A(一) <略>

別紙 A(二) <略>

理由

第一章 スモンとキノホルムの因果関係

第一節 スモンの概要 <略>

第一 スモン問題の歴史的経過 <略>

第二 スモンの病像 <略>

一 スモンの臨床的特徴 <略>

二 スモンの病理学的特徴 <略>

三 スモンの疫学的特徴 <略>

四 スモンの独立疾患性 <略>

別紙B(一)「スモンの臨床診断指針」 <略>

別紙B(二)「スモンの病理組織学的診断基準(案)」<略>

第二節 スモンの病因

第一 病因論概説 <略>

一 病因について <略>

二 病因推定の疫学的方法 <略>

1 疫学について <略>

2 因果関係推定のための疫学的条件 <略>

第二 キノホルム説 <略>

一 キノホルムについて <略>

二 キノホルム説の沿革 <略>

三 キノホルム説によるスモンの臨床的病理的特徴の説明 <略>

四 疫学的調査研究 <略>

1 スモン患者の発症前キノホルム剤服用状況等についての疫学調査 <略>

(一) スモン協の調査 <略>

(1) 第一回調査 <略>

(2) 第二回調査 <略>

(3) 第二回調査結果についての中江公裕らの解析<略>

(二) 椿忠雄らの調査 <略>

(三) 井形昭弘らの調査 <略>

(四) 祖父江逸郎らの調査 <略>

(五) 井上尚英らの調査 <略>

(六) 野村益世らの調査 <略>

(七) 伊東弓多果らの調査 <略>

(八) 中江公裕らの調査 <略>

(九) 杉山尚らの調査 <略>

(一〇) 三好和夫らの調査 <略>

(一一) 越島新一郎らの調査 <略>

(一二) 平木潔らの調査 <略>

(一三) 大村一郎らの調査 <略>

(一四) 島田宣浩らの調査 <略>

(一五) 総括 <略>

2 キノホルム剤服用者と非服用者のスモン発症率の比較等に関する調査 <略>

(一) 椿忠雄らの調査 <略>

(二) 井形昭弘らの調査 <略>

(三) 伊東弓多果らの調査 <略>

(四) 祖父江逸郎らの調査 <略>

(五) 倉恒匡徳らの調査 <略>

(六) 総括 <略>

3 キノホルム剤の生産量輸入量とスモン発症との並行関係 <略>

(一) 椿忠雄の研究 <略>

(二) 甲野礼作の研究 <略>

(三) 中江公裕らの研究 <略>

(四) 総括 <略>

4 医療機関等におけるキノホルム剤使用量とスモン発症との関係 <略>

(一) 祖父江逸郎らの調査 <略>

(二) 中江公裕らの調査 <略>

(三) 総括 <略>

5 キノホルム剤販売・使用中止の行政措置後のスモン発症の激減と終熄 <略>

6 量と反応の関係(DRR) <略>

(一) DRRの概念 <略>

(二) スモン協の調査 <略>

(三) 山本俊一らの調査 <略>

(四) 祖父江逸郎らの調査 <略>

(五) 笠井美智子らの調査 <略>

(六) 伊東弓多果らの調査 <略>

(七) 井上尚英らの調査 <略>

(八) 昭和四八年度スモン班総会における山本俊一の報告 <略>

(九) スモン協第二回全国スモン患者キノホルム剤服用状況調査結果の解析 <略>

(一〇) 中江公裕らの発症率計算方法の研究 <略>

(一一) 総括 <略>

7 キノホルム説に対する疫学上の疑問点の検討 <略>

(一) キノホルム剤非服用スモン <略>

(二) キノホルム剤販売・使用中止の行政措置前のスモン発生の横這いないし減少 <略>

(三) 外国におけるスモン <略>

(四) 戦前におけるスモン <略>

8 スモンとキノホルムの疫学的因果関係の判断 <略>

五 動物に対するキノホルム投与実験によるスモン再現の研究 <略>

1 スモン協・スモン班による実験報告 <略>

(一) 昭和四七年三月までに報告された実験 <略>

(1) 実験者及び実験方法の概要 <略>

(2) 実験の成果 <略>

(二) 昭和四九年一月までに報告された実験 <略>

(1) 実験者及び実験方法の概要 <略>

(2) 実験の成果 <略>

(三) その後に報告された実験 <略>

(1) 立石潤らによるビーグル犬に対するキノホルムの再投与実験 <略>

(2) 立石潤らによるキノホルム慢性中毒ビーグル犬の末梢知覚神経系病変の検討 <略>

2 その他の実験 <略>

(一) スイス・チバ社の実験 <略>

(二) ハンチントン・リサーチセンターの実験 <略>

(1) 同センターの自発的実験 <略>

(2) スイス・チバ社からの依頼による実験 <略>

(3) ランセツト(一九七八年一月二八日・No.八〇五七)誌上におけるR・ヘイウッドらの報告 <略>

3 スモン協・スモン班による動物実験に対する疑問点の検討 <略>

(一) 漸増法による投与について <略>

(二) 実験動物の病変の性質について <略>

4 実験動物の臨床・病理所見とスモンの臨床的・病理的特徴との比較 <略>

(一) 臨床 <略>

(二) 病理 <略>

5 総括 <略>

六 スモンの発生機序に関する研究 <略>

1 キノホルムの生体内動態(吸収、分布、代謝、排泄)及び神経系に対する作用等に関する知見 <略>

(一) 昭和四七年三月までのもの <略>

(1) 実験の概要 <略>

(2) 得られた知見 <略>

(二) 昭和四九年三月までのもの <略>

(1) 実験の概要 <略>

(2) 得られた知見 <略>

(三) その後得られた知見 <略>

(1) 昭和四九年度スモン班発生病理分科会報告 <略>

(2) 昭和五〇年度スモン班発生病理分科会報告 <略>

2 総括 <略>

第三 井上ウイルス説 <略>

一 井上ウイルス説の根拠となつている研究報告<略>

1 井上ウイルスの存在及びその性質等について<略>

(一) 井上幸重らの研究報告 <略>

(二) 西村千昭の研究報告 <略>

(三) 島田宣浩らの研究報告 <略>

2 井上ウイルスのスモン病原性に関する動物実験<略>

(一) 井上幸重らの実験報告 <略>

(二) 西村千昭らの実験報告 <略>

(三) 吉安克彦、井出幸彦らによる実験報告 <略>

二 井上ウイルス説に対する批判 <略>

1 井上ウイルスの追試 <略>

(一) 甲野礼作らによる追試 <略>

(二) 永田育也らによる追試 <略>

(三) 奥野良臣らによる追試 <略>

(四) 東昇による追試 <略>

(五) 桜田教夫らによる追試 <略>

(六) 北原典寛、多ヶ谷勇の追試 <略>

(七) クレツヒらの追試 <略>

(八) 吉野亀三郎らの追試 <略>

2 井上ウイルス説に対する否定的見解 <略>

(一) スモン班における結論 <略>

(二) 甲野礼作による井上ウイルス説に対する批判 <略>

三 井上ウイルス説の評価 <略>

第四 スモンの病因についての結論

第二章 被告らの責任

第一節 被告国の責任

第一 当事者間に争いのない事実 <略>

第二 無過失責任の主張について

第三 厚生大臣の医薬品の製造承認等における安全性確保義務

一 薬事法上厚生大臣の医薬品に対する安全性確保義務

二 厚生大臣の医薬品に対する安全性確保義務の具体的内容

1 医薬品の製造等承認(旧許可)時における安全性確保義務

2 医薬品の局方収載についての安全性確保義務

3 局方収載医薬品に他剤を添加・賦加した医薬品の製造等承認(旧許可)時における安全性確保義務

4 医薬品の製造等承認(旧許可)後における安全性確保義務

第四 被告国主張の反射的利益論とその責任の構造

第五 厚生大臣の本件キノホルム剤の製造承認等における安全性確保義務違反

一 被告国の責任判断の基準時

二 キノホルム及びキノホルム剤の来歴

1 キノホルムの開発の歴史

2 我国におけるキノホルムの劇薬指定とその解除

(一) 劇薬指定とその解除の経緯

(二) 劇薬指定の基準

(三) キノホルムの劇薬性

三 キノホルム及び類縁化合物についての副作用等に関する文献・報告

1 キノホルムの人に対する神経障害に関する文献・報告

2 キノホルムの人に対するその他の副作用報告

3 キノホルムの毒性の動物実験及び試験管内試験に関する文献・報告

4 キノホルム以外のハロゲン化8ハイドロオキシキノリン類に関する文献・報告

5 右以外のキノホルム類縁化合物に関する報告

6 キノホルムの生体内吸収・分布・代謝に関する文献・報告

四 昭和三一年一月当時及びその後において厚生大臣が本件キノホルム剤の製造承認等においてとるべき安全性確保措置とその懈怠

1 予見可能性

(一) 予見可能性の範囲

(二) 本件キノホルム剤の危険についての予見可能性

(1) キノホルムの化学的構造からする危険の予測

(2) キノホルムの劇薬指定と局方収載の実状

(3) 吸収可能性―外用から内用へ

(4) グラヴイツツ、バロスの報告の重要性

(5) デーヴイツド警告について

(6) 我国における文献・報告について

(7) 動物実験

(8) その他の副用作報告

(三) 結論

2 本件キノホルム剤の製造等許可承認審査の実態

3 厚生大臣が本件キノホルム剤の製造承認等においてとるべき安全性確保措置

(一) 文献・報告等の調査検討の徹底と薬事審議会の審議

(二) 適応症、用法用量の限定と副作用の警告等

(三) 局方収載内容の是正とその他の措置

4 厚生大臣の安全性確保措置の懈怠

第六 結論―被告国の過失責任

第七 医師及び被告製薬会社らの行為と被告国の責任との関係

一 医師の投薬行為との関係

二 被告製薬会社の行為との関係

第二節 被告製薬会社らの責任

第一 当事者間に争いのない事実 <略>

第二 無過失責任の主張について

第三 過失責任

一 製薬会社の医薬品の製造輸入販売に関する注意義務

1 注意義務の根拠

2 注意義務の具体的内容

(一) 結果予見義務

(二) 結果回避義務

3 被告武田の注意義務

4 国の薬務行政と製薬会社の注意義務との関係

二 本件キノホルム剤製造販売開始時における注意義務とその懈怠

1 注意義務懈怠の判断の基準時

2 予見可能性

3 結果回避義務と同可能性

4 被告製薬会社らの注意義務懈怠

第四 結論―被告製薬会社らの過失責任

第三章 損害

第一節 損害総論

一 スモンの鑑別診断

二 スモン被害の実体と特質 <略>

三 原告らの一律包括請求について

四 損害額算定の基準

五 弁護士費用

六 遅延損害金の起算日

第二節 損害各論

一ないし二五 <略>

二六 原告石田紀子について

二七ないし四三 <略>

第四章 結論

原告 青山友子 ほか四二名

被告 国 ほか三名

代理人 吉戒修一 筧康生 河村幸登 堂前正紀 山口英雄 三森継男 ほか八名

判決理由骨子

一 スモンはキノホルムを唯一の原因とする疾患であると認められ、ウイルス説は採用できない。

二 厚生大臣は薬事法上医薬品の製造許可等につき医薬品の安全性を確保すべき義務があり、国は本件のごとき場合、右義務違反により個々のスモン被害者に対し国家賠償法上その損害賠償責任を負担する。

三 国及び製薬会社は、遅くとも昭和三一年一月一七日以降キノホルム剤の危険に対する予見が可能で、国はその製造許可等、また製薬会社はその製造輸入販売にあたり、適応症をアメーバ赤痢に限定するなどの措置をとらなかつた点でいずれも過失があり、その後にキノホルム剤を服用してスモン被害を受けたら原告に対し、連帯してその損害を賠償する責任がある。

四 スモンの鑑別診断は、キノホルム剤投与の状況から腹部症状・神経症状の発現経過、現症を全体的に観察してなすべきであるが、スモンの病像は特異的で、診療録の記載がスモン発症の経過を明確に示しているような場合は、他の立証はかなり緩和される。

五 損害額は、スモン被害の特質とともに他の一般事件との対比も十分考慮し、症度のほか特に発症時の年令を重視し、合併疾患の影響関連にも配意した。

判決理由要旨

一 はじめに

本判決は、広島スモン訴訟第一次から第四次分のうち昭和五三年四月二八日弁論を終結した原告四三名を対象とするものである。

二 因果関係

スモンとキノホルム(剤)との因果関係は、スモン調査研究協議会(以下スモン協という)を中心として行なわれた疫学的調査研究の結果、動物実験の結果、キノホルム(剤)によるスモンの発生機序に関する研究の結果等を総合すると、優にこれを肯定しうるところである。

すなわち、まず疫学的調査研究の結果として、(一)スモン患者の発症前キノホルム剤服用率は、スモン協による全国調査で約八五パーセントとされていることを始めとして多くの調査できわめて高率であることが明らかにされていること、(二)キノホルム剤服用者と非服用消化器疾患々者とのスモン発症率を比較すると、前者が後者に比して有意に高率であり、また他面スモン患者のキノホルム剤服用率は非スモン消化器疾患々者のそれに比してはるかに高率であること、(三)我国におけるキノホルム剤生産量・輸入量とスモン発症数の推移との間に並行関係があり、またスモンが多発した医療機関でみるとキノホルム剤の使用量とスモン発生状況との間に相関々係がみられること、(四)昭和四五年九月に厚生省がとつたキノホルム剤の販売・使用中止の行政措置以後スモン発症が激減し遂に終熄するに至つていること、(五)スモンの発症率、症状の程度等とキノホルム剤の投与量との間におおむね量と反応の関係が認められることなどが明らかにされている。他方、疫学調査上みられるキノホルム剤非服用スモン患者の問題、諸外国と我国とのスモン発生状況の差異の問題等、キノホルム説に対し呈せられる疑問点についても、キノホルム説の立場からそれぞれ合理的な説明が可能であり、一部になお未解明とみられる問題も存するが、それらもキノホルム説を左右するに足るものではない。そしてスモンの病変が変性を主とする左右対称性で炎症反応を伴なわないことなどその臨床的・病理学的特徴は、スモンがキノホルム剤等薬物中毒症の一種であることに合致するものであり、これに加え、キノホルム(剤)を各種の動物に投与する実験においては、犬・猫を始めとする多数の動物に人のスモンの臨床的・病理学的特徴に一致する病変が認められ、さらに、キノホルム(剤)によるスモンの発生機序に関しても、多方面にわたる研究により、キノホルムが生体内に吸収されてスモン発症に至る関連が相当程度明らかにされているのである。

一方、いわゆる井上ウイルス説は、その根拠となつている井上幸重らによる実験研究の結果につき多数の研究者によつて追試が行なわれたものの、一部を除いてほとんどの場合に井上ウイルスの存在ないし病原性を肯定する結果が得られなかつたもので、したがつて井上らの研究結果は普遍妥当なものとして一般に是認され得るものとはいえないのみならず、井上ウイルス説は、スモンの臨床的・病理学的特徴、また疫学的事実等に照らして多くの疑問点を含んでいるのであつて、到底採用し難い。

以上のとおり、スモン発症には、もとよりこれに寄与した諸条件は種々考えられるが、スモンの必要条件的因子としてはキノホルム(剤)以外に他原因を肯定することは困難で、スモンはキノホルム(剤)を唯一の原因とする疾患であるということができる。

三 責任

1 責任判断の基準時

被告製薬会社らの関係で問題となるキノホルム剤の製造等許可・承認の時期のうち最も古いのは昭和三一年一月一七日であり、かつ原告らについてのキノホルム剤投与及びスモン発症の時期はすべて右時期以降であるから、昭和三一年一月当時を基準にそれ以降の被告らの責任を判断することとした。

2 国の責任

(一) 医薬品の適正をはかるうえで、単に医薬品としての有効性のみならず、安全性の配慮は欠かせない重要事であつて、旧薬事法(昭和二三年法律第一九七号)及び現薬事法はいずれもこのことを当然の前提に立法されているものとみるべく、国の旧薬事法当時からの薬務行政の実際もこのことを示しているものとみられるのであつて、厚生大臣は、旧薬事法及び現薬事法上医薬品の製造輸入許可・承認、また公定書・日本薬局方の公布・公示、同存続等につき、医薬品の安全性を確保すべき義務を有するものと解すべきである。

もつとも、右安全性確保義務は、厚生大臣が医薬品に対する行政上の規制権限を行使するに当り、医薬品を使用することのある国民全体に対する関係で認められたものであつて、個々の国民に対し直接負担するような性質のものではないと解されるから、右義務違反を国家賠償法上公務員の違法な職務行為として、その行為によつて損害を被つた個々人に対し国がその賠償責任を負担すべき場合は、右義務違反が社会観念上当該国民個人に対する関係でも義務違反として違法評価をなし得るような場合に限られると解すべきである。そして、右のような場合とは、その結果の重大性、事態の緊急性、手段の容易性・非代替性・必須性、予見可能性の程度、個々人の期待の強さ等の諸事情に照らし判断すべきものといえる。

(二) 医薬品の危険に対する予見可能性は、当該医薬品の安全性確保のため適切な措置をとるべきことを可能ならしめる程度のもの、つまり、右危険の存在を少くとも合理的な疑いをもつて予測し得る程度のものであれば足るというべきである。

本件キノホルム剤については、まずそのキノホルム(ヨードクロルハイドロオキシキノリン)の化学構造自体から人体への危険の可能性も予想されるうえ、キノホルムは我国で昭和一一年劇薬に指定されたものであり、また、キノホルムは元来外用消毒薬であつて、これを内用するには当然体内への吸収可能性につき特に慎重であるべきところ、当時右吸収可能性を示す文献・報告は少くなかつたこと、昭和一〇年グラヴイツツ、バロスは本件スモンを思わせるような重篤な症例報告をしており、しかも、バロスはこれがキノホルムによるものであることを指摘して強く警告し、製薬会社にも伝達していること、デーヴイツドは昭和八年キノホルムをアメーバ症の内用薬に開発した重要な存在の一人であるが、同開発当初からキノホルムの使用、特に用法用量につき指示警告していること、我国における昭和一〇年代からの多くの文献・報告は右デーヴイツドの指示する使用量を紹介しキノホルムの内用による副作用の危険に十分留意している経過を示していること、当時においてもスモン様神経症状を予測する動物実験も不可能ではなかつたとみられること、その他当時右以外にキノホルム及びその類縁化合物の副作用に関する文献・報告は豊富に存在していたこと、などからして、国は昭和三一年一月当時において、人が本件キノホルム剤の服用によつて重篤かつ不可逆的な神経症状を呈する危険のあることを予見可能であつたと認められる。

(三) 厚生大臣は昭和三一年一月当時本件キノホルム剤の危険を予見し、その製造許可に当つては、適応症をアメーバ赤痢に限り、用法用量を限定し、さらに副作用の周知警告とともに、使用時の症状による投薬中止等適切な対応処置の指示などを条件とすべきであつたのに、このような措置を全くとらなかつた点、またその後のキノホルム剤の製造輸入許可・承認に当つても、右同様なんらの措置もとらず、その他従前のキノホルム剤の販売使用及び当時の公定書の記載についても右同様相当な措置をとらなかつた点で、右安全性確保義務の違反が認められる。

そして、本件の場合は、右義務違反による結果は重大で、国の右措置によらなければ右結果の適切な回避は望めないものであり、しかもこれをとることに左程困難もないなどの諸事情からして、右義務違反は個々の被害者に対しても違法なものとの評価をなすことができ、国が国家賠償法上賠償責任を負担すべき場合に当ると認められる。

3 製薬会社の責任

(一) 医薬品特に化学合成医薬品の作用は多面的で、それ自体人体への害作用の一面も内包するものであるうえ、医薬品は一般に、広くかつ多量に、そして多くはほとんど無防備の状態で使用されるものであることなどから、医薬品を製造(輸入)販売する者としては、その製造(輸入)販売に当り医薬品の安全性を確保すべき強い義務を課されるものといわなければならない。そして被告武田も、その販売の経緯、規模、実状等からして右製造(輸入)販売をなす者に準じて右義務を課されるものと解される。

(二) 被告製薬会社らは昭和三一年一月当時前記国以上に本件キノホルム剤の危険の予見が容易に可能であり、したがつて、当時及びその後本件キノホルム剤の製造(輸入)販売に当り、前記国同様適応症の限定等の措置をとるべきであつたのに、これを全くとらなかつた点で、その過失責任は明白なものといえる。

4 被告らの責任の関係

医薬品の安全性確保義務は、本来医薬品を製造販売する製薬会社においてすべて負担すべきもので、国はその十全を期するため製薬会社を規制する立場で右義務を課されているものであり、両者はその責任の性格を異にし、これら義務違反により製薬会社と国は共同不法行為の関係に立つものではなく、両者は偶々賠償責任の範囲を同じくし、不真正連帯債務の関係に立つものと解されるにすぎない。

四 損害

(一) スモンの鑑別診断は、キノホルム剤投与の状況、腹部症状・神経症状の発現経過、現在の症状等の全体的観察によつてなされるべきで、類似疾患との鑑別ももとより重要であり、専門医の意見を必要とするが、スモンの病像は、その部分的症状の態様・経過だけでなく、キノホルム剤投与に続く症状の進展経過を全体的に観察するとき、他の既知疾患のいずれとも異なるかなり特異な臨床特徴をもつものとされ、その症状のパターンからして他の類似疾患との鑑別も必ずしも困難ではないとされているのであつて、特に診療録の記載がスモン発症の経過を明確に示しているような場合は、他の立証はかなり緩和されるものといつてよい。

(二) 本判決分は、国申請の鑑定を経なかつたが、スモン発症の有無及びその症状の程度については、特に診療録の記載を中心に病状記録、投薬証明書、大村医師のいわゆる統一診断書等により、個別に各問題点を十分仔細に検討し、また右症状の程度については、右診療録等に現われた他覚的・客観的所見を重視し、基礎疾患、合併疾患の影響関連等も十分配意して判断した。

(三) 損害額の算定については、本件スモン被害の特質とともに、他の一般事件との対比も十分考慮に加え、特に、(1)スモン患者の発症時の年令を重視して損害額を発症後の年数に十分応ずるよう配慮し、(2)症度はIからIIIに区分したうえ、合理的に可能な範囲内でさらに細分化し、特に重症者と軽症者の損害額の算定に一層適正を期し、(3)介護費用も介護を必要とする期間、状況、程度に応じ一時金として考慮に加えた。

主文

一  別紙「認容金額一覧表」記載のとおり、同表記載の各原告らに対し、それぞれ、同表中その各関係「被告」欄記載の被告らは各自、同各「認容金額」欄記載の金員(但し原告石田紀子については、被告日本チバガイギー株式会社、被告武田薬品工業株式会社は同括弧欄記載の金員)及びこれらに対するいずれも昭和五三年四月二八日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告らに対する各その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、右一覧表記載の各当事者間に生じた分につきそれぞれ各関係被告らの負担とする。

四  この判決は、一項記載の「認容金額」につき各三分の二の限度で仮に執行することができる。

別紙 「認容金額一覧表」

注記・日本チバガイギー株式会社は「チバ」、武田薬品工業株式会社は「武田」、田辺製薬株式会社は「田辺」と略記する。

番号

原告

被告

認容金額

(単位万円)

内訳(単位万円)

慰藉料

弁護士費用

1

青山友子

チバ、武田、国

二、〇四二

一、九〇〇

一四二

2

尾崎一

田辺、国

四、四〇七

四、一〇〇

三〇七

3

小原キヨヱ

チバ、武田、田辺、国

一、三九七

一、三〇〇

九七

4

河原篤江

チバ、武田、国

三、三三二

三、一〇〇

二三二

5

菊崎周男

田辺、国

三、八七〇

三、六〇〇

二七〇

6

小牧道子

田辺、国

三、四四〇

三、二〇〇

二四〇

7

後藤スナヱ

田辺、国

二、三六五

二、二〇〇

一六五

8

沢田進

田辺、国

二、二五七

二、一〇〇

一五七

9

繁村素子

チバ、武田、国

三、四四〇

三、二〇〇

二四〇

10

白川積

田辺、国

二、〇四二

一、九〇〇

一四二

11

堰楽静子

チバ、武田、国

二、二五七

二、一〇〇

一五七

12

中島ミヨ子

田辺、国

一、〇九六

一、〇二〇

七六

13

西村恒夫

チバ、武田、田辺、国

一、一二八

一、〇五〇

七八

14

新田愛子

チバ、武田、国

三、〇一〇

二、八〇〇

二一〇

15

橋本健一

チバ、武田、国

一、八二七

一、七〇〇

一三七

16

橋本義秋

田辺、国

三、五四七

三、三〇〇

二四七

17

干鯛ツヤ

チバ、武田、国

一、三九七

一、三〇〇

九七

18

福井ハルヱ

チバ、武田、国

二、三六五

二、二〇〇

一六五

19

福田淳子

チバ、武田、田辺、国

三、八七〇

三、六〇〇

二七〇

20

松尾英子

チバ、武田、田辺、国

五、三七五

五、〇〇〇

三七五

21

丸山康子

チバ、武田、田辺、国

二、五八〇

二、四〇〇

一八〇

22

森スガノ

チバ、武田、国

一、三九七

一、三〇〇

九七

23

山本タケヨ

チバ、武田、国

二、三六五

二、二〇〇

一六五

24

吉村紀子

田辺、国

三、七六二

三、五〇〇

二六二

25

石川英子

田辺、国

三、〇一〇

二、八〇〇

二一〇

26

石田紀子

チバ、武田、国

二、三六五

(一、一八二)

二、二〇〇

(一、一〇〇)

一六五

(八二)

27

伊藤雪子

チバ、武田、田辺、国

一、六一二

一、五〇〇

一一二

28

大栗時夫

田辺、国

一、五〇五

一、四〇〇

一〇五

29

加藤トモエ

田辺、国

二、一五〇

二、〇〇〇

一五〇

30

川崎正清

チバ、武田、国

二、一九三

二、〇四〇

一五三

31

酒井千代子

田辺、国

一、二三六

一、一五〇

八六

32

立石好枝

チバ、武田、国

二、二五七

二、一〇〇

一五七

33

立道雪子

チバ、武田、国

一、三九七

一、三〇〇

九七

34

廿日出千代子

チバ、武田、国

一、九三五

一、八〇〇

一三五

35

松本シナ

チバ、武田、国

二、五八〇

二、四〇〇

一八〇

36

松本直四郎

チバ、武田、国

一、六一二

一、五〇〇

一一二

37

峯松雄三郎

チバ、武田、田辺、国

五、三七五

五、〇〇〇

三七五

38

河本八枝子

田辺、国

二、七九五

二、六〇〇

一九五

39

合田正明

チバ、武田、国

二、六八七

二、五〇〇

一八七

40

滝野口秀子

チバ、武田、国

二、六八七

二、五〇〇

一八七

41

橋岡恵子

チバ、武田、国

二、一五〇

二、〇〇〇

一五〇

42

山本康子

チバ、武田、国

二、〇四二

一、九〇〇

一四二

43

横田トミ子

チバ、武田、国

八八一

八二〇

六一

事  実<省略>

理由

第一章スモンとキノホルムの因果関係

第一節スモンの概要 <略>

第二節スモンの病因

第一病因論概説 <略>

第二キノホルム説 <略>

第三井上ウイルス説 <略>

第四スモンの病因についての結論

叙上のとおり、スモンの病因についてキノホルム説及び井上ウイルス説について検討を加えたが、キノホルム説についていえば、スモンとキノホルムとは疫学的調査研究の結果によつて既にかなりの確率で因果関係を推定することが可能であるうえ、動物にキノホルムを投与する実験においてスモンと臨床的・病理的に極めて近似した症状の発現が確認され、さらにスモンの発生機序に関する研究においても投与されたキノホルムが生体内でスモンを発症せしめる機序が相当程度明らかにされるに至つたもので、これらを総合すると、スモンの病因はキノホルムであるとすることを優に肯認することができ、他方井上ウイルス説は前説示のとおり採用し難いものである。

そして、叙上認定説示したところからすれば、スモン発症に寄与した諸条件は種々考えられるが、スモンの必要条件的因子としてはキノホルム以外に他原因を肯定することは困難で(もつともキノホルム類縁化合物の類似作用についてはなお個別の検討を必要とする。以下同じ)、すなわち、スモンはキノホルムを唯一の原因とする疾患であるということができる。

第二章被告らの責任

第一節被告国の責任

第一当事者間に争いのない事実 <略>

第二無過失責任の主張について

原告らは、本件における被告国の責任について、無過失責任主義を採用すべきことを主張しているが、公務員の違法な職務執行行為によつて発生した損害の賠償責任については、国家賠償法一条一項が適用され、同規定は、その明文上過失責任主義をとつているのであつて、現行法の解釈上被告国の責任について無過失責任主義を採用すべき根拠がなく、右主張を肯認することはできないものといわざるを得ない。

第三厚生大臣の医薬品の製造承認等における安全性確保義務

一 薬事法上厚生大臣の医薬品に対する安全性確保義務

1 国は、憲法二五条により国民に対しそのすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めるべき政治的責務を負つているところ、医薬品はその性質上、人の生命健康と密接な関わりをもつものであることから、国は公衆衛生の向上及び増進の目的を達成するために、国民に対し適正な医薬品の供給を確保すべきことが行政上の重要な課題となつてくる。

我国の医薬品に関する法制(薬事法制)の基本法たる薬事法は、昭和一八年三月一二日法律第四八号(以下旧々薬事法という)として最初に制定されたが、戦後新憲法の施行に伴い、同憲法の趣旨に則り全面的改正がなされ、新しく薬事法が昭和二三年七月二九日法律第一九七号(以下旧薬事法という)として制定されるに至り、ついでその後旧薬事法についても、数次の部分的改正を経たのち再び全面的改正がなされ、昭和三五年八月一〇日法律第一四五号として現行の薬事法(以下現薬事法という)が制定され、今日に至つている。

2 ところで、本件で問題となるのは旧薬事法と現薬事法であるが、この両者の規定の内容には、医薬品の製造等に対する国の規制の面で、実質的には大きな差異があるとはみられない。

右両薬事法は、いずれも、まず、医薬品等に関する事項を規制し、その適正をはかることを目的とする(旧薬事法一条二条一項、現薬事法一条)ものであることを明らかにしたうえ、医薬品を業として製造しようとするものは、いずれも製造所ごとに旧薬事法においては厚生大臣の登録(二六条一項)を、現薬事法においては厚生大臣の製造業の許可(一二条)を受けなければならないものとし、さらに、公定書(旧薬事法においては日本薬局方のほか国民医薬品集)に収載されていない医薬品を製造しようとする場合は、当該品目ごとにその製造について厚生大臣の承認(旧薬事法においては許可)を受けなければならないものとしている(旧薬事法二六条三項、現薬事法一三条一項、一四条一項)。そしてさらに、厚生大臣は右製造の承認、許可に当つては、旧薬事法においては薬事審議会(当初は「薬事委員会」と称されていた)の建議(昭和二六年以降諮問)に基づき、現薬事法においては必要に応じ中央薬事審議会に諮問して、いずれも当該製造品目の名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果等(旧薬事法の関係では、品目、成分及び分量ならびに製造法、成分不明のときは、その本質及び製造法、用法、用量及び効能とされている)を審査して右承認、許可の可否を決すべきものとしている(旧薬事法施行規則(昭和二三年厚生省令三七号)二二条、現薬事法一四条一項)。なお、右の関係は、医薬品の輸入販売業を営もうとするものにつきほぼ同様に規定もしくは準用されている(旧薬事法二八条、同施行規則二六条、現薬事法二二条、二三条)。

また、右公定書の関係については、旧薬事法は、医薬品の強度、品質及び純度の適正をはかるために、厚生大臣は、薬事審議会の提出する原案に基づいて日本薬局方、国民医薬品集又はこれらの追補を発行し、これを公布しなければならないものとし(三〇条一項)、現薬事法は、医薬品の性状及び品質の適正をはかるために、厚生大臣は中央薬事審議会の意見を聞いて、日本薬局方を定め、これを公示するものとしている(四一条一項)。

結局、これらからして、薬事法としては、医薬品の製造販売につき、右公定書収載の医薬品はその公定書で定める基準(旧薬事法はその強度、品質及び純度について、現薬事法はその性状又は品質につき)に、また、公定書に収載されていない医薬品はその前記製造承認(旧許可)の際の成分、分量等の内容、基準に、いずれも適合したものでなければこれを製造、販売、輸入してはならないものとして(旧薬事法三〇条二項、三一条、現薬事法五六条一号、二号)、右公定書の制定と製造承認(旧許可)を軸に厚生大臣は医薬品の適正をはかるべきものとしているものと解される。

医薬品に対する規制としては、右製造承認(旧許可)等のほか、旧薬事法、現薬事法とも、医薬品の現実の製造、販売の過程における製造工場、店舗への立入検査、医薬品の不正表示・記載の禁止、誇大広告の禁止、毒薬・劇薬の取扱いについての特別措置など種々の規制をなしている。

3 右薬事法の定めにつき、被告国は、薬事法の立法趣旨・目的は医薬品の品質及び性状を確保し、これに違反する不良医薬品を取締るにとどまり、医薬品の製造承認(旧許可)についても安全性に関する審査基準、審査手続、審査機関、また承認後の追跡調査制度、承認の撤回等の具体的規定を欠くのであつて、国に対し法的に医薬品の安全性確保義務まで課したものとはいえないごとく主張する。

たしかに、薬事法が旧薬事法及び現薬事法いずれとも、不良医薬品に対する取締法規としての一面も有すること、また法文上安全性という文言を全く欠き、被告国が主張するごとき審査手続等の具体的明文規定を欠くこともそのとおりである。しかしながら、薬事法につき被告国の医薬品に対する安全性確保義務を除くことは、薬事法の存立意義の大方を失わせるものともみられるところで、特に医薬品の製造承認、公定書公布に関し、右義務を認むべきことにつき以下その理由を述べることとする。

(一) 一般に医薬品、特に化学合成医薬品は、本来人体に異物であつて、その化学物質の生体に対する作用も多面的であり、疾病の治療に有効な作用を有する反面、常に人体に有害な作用(副作用)をも伴う危険性があるのであつて、医薬品の適正を保持するためには、単に医薬品の有効性の面のみに着目していたのでは、右目的はとうてい果し得ないのであり、有害な面、つまり副作用の面も十分考慮に入れてこれとの兼ね合いでのみ右適否、つまり医薬品の有用性の有無を決定すべきことが必須的となるのである。かかる意味では、医薬品の安全性は人体への有用性という意味での医薬品の適否を判断するに欠かせないことといえる。

そして、薬事法は前記のとおり医薬品の「適正」をはかることを目的としているのであつて、この「適正」とは、結局人体への有用性という意味に解するのが自然であるうえ、さらに、医薬品の製造承認(旧許可)に当つても、厚生大臣は医薬品の単に成分、分量のみならず、用法、用量、効能、効果等まで審査して右承認等の可否を決すべきものとし、また手続的にも、厚生大臣において右審査上必要と認めるときは、旧薬事法は医薬品の見本品を提出させることができるものとし(同施行規則二五条)、現薬事法は右見本品のほか医薬品の基礎実験資料、臨床成績その他の参考資料をも提出させることができるもの(同施行規則二〇条)としているのであつて、右は、これら審査を通じて単に医薬品の有効性のみならず、その安全性をも十分検討すべきことを予定したものとみることができるであろう。このことは医薬品の規格を定める公定書の作定についてもほぼ同様なことがいえる。

(二) 医薬品は人の生命、健康にきわめて大きな影響関連を有するものであり、薬事法もこのことから、国の前記憲法上の責務に則り医薬品に対する種々の規制を定めるに至つているものとみられるところ、元来、このような人体に強い影響関連を有する医薬品の、特に安全性の確保について、これを単に一私企業たる製薬会社にすべてを任せるものとすることには多くの危険を伴うのであつて、広い視野、規模と公正な立場からする国の公的な関与が強く必要とされ、このことは医薬品を利用する国民の側からも国の右関与が強く期待され、かつこれによつてはじめて医薬品の安全性に対する信頼も裏付けられるものとみられるのであつて、薬事法は、このような関係を当然の背景に立法され、医薬品の多くの規制をなすに至つているものとみられるのである。このようなことからすると、国は、むしろ医薬品の製造承認等を通じ、医薬品を利用する国民に対しその安全性を確保することこそ薬事法上の主要な義務とされ、これを国民から負託されているものとみることができるのである。

(三) 薬事法が特に医薬品の製造承認等に関して、医薬品の安全性確保のための積極的具体的規定を欠くとされる点も、法令上十分積極的具体的な規定がないというにとどまり、薬事法上、医薬品の安全性確保義務を肯定する解釈の妨げとなる程のものではないのみならず、薬事法上の明文規定の解釈から現実の執行で十分具体的な措置をとることも可能なものとみられるのであつて、むしろ、右のごとき具体的規定の欠如は、医薬品の安全性確保のための実際の方途・態様等の変遷・多様化に応じ、弾力的な運用を予定しかつ可能としたものとみることもできるのである。なお、この場合、このような関係からとられた医薬品に対する国の行政措置につき、これが単なる国の行政指導あるいはサービスにすぎないかのごとくみるのは正当なものとはいえないであろう。

(四) 次に、医薬品の安全性確保義務につき、旧薬事法当時からの薬務行政の実体、変遷等に照らし以下さらに検討してみることとする。

医薬品の副作用は、前記のとおり医薬品が本来的に有する危険性であり、医薬品の歴史上重篤な副作用事故はしばしば起こつていたが、一九六一年(昭和三六年)一一月レンツによつて初めて報告されたいわゆるサリドマイド事件は、その被害の規模及び深刻さにおいて未曽有の薬害事件として、国際的な関心を呼ぶに至つた。我国でも、サリドマイド禍により西ドイツに次ぐ犠牲者を出し、社会全体に多大な衝撃を与えた。

そして、同事件は、各国で医薬品の安全対策が促進される契機ともなり、米国では同事件を契機として一九六二年キーフオーバー=ハリス修正法が成立し、新薬の許可の申請に際しては、その有効性と安全性を証明するに足る十分な資料を提出すべきこととされるなど、医薬品に対する法的規制が強化された。また英国でも従来医薬品の製造販売について何らの規制も行なわれていなかつたが、サリドマイド事件を契機として、一九六三年医薬品安全委員会が設けられ、同委員会が審査を行なうようになり、さらに一九六八年には医薬品法が制定され、医薬品の製造等について許可を要することとなり、許可の基準として、医薬品の安全性、効能、品質等が考慮されることになつている。さらに、西ドイツにおいても、サリドマイド事件を契機に、薬事法の改正がなされ安全性の面からの法的規制が強化されるに至つている。

そして翻つて、我国においてみるに、諸外国の例の如きサリドマイド事件を契機とした薬事法の改革は行なわれなかつたものの、国の薬務行政に与えた影響はきわめて大きく、そのことは、

<証拠略>によれば次の事実が認められる。

医薬品製造等の許可・承認審査の運営の変遷をみるとたやすく看取し得るのである。

まず、サリドマイド事件以前からのそれをみるに、旧薬事法当時、昭和二四年八月四日付薬務局長通知(薬発第一一三七二号)により、公定書外医薬品の許可に当たつて、薬事審議会で審議する場合には、その品目の内容につき調査研究するため、「製品の見本、製品に関する文献の写、製品に関する実験例(少なくとも二ヶ所以上の実験報告)」の資料を提出すべきものとされ、さらに、昭和二五年九月二六日付薬務局長通知(薬発第六〇〇号)により、公定書外医薬品の輸入販売について、「新医薬品については特にその内容が判明し得る様、文献、臨床実験成績又は当該品目について詳細に説明する文書を添付せしめること」とされ、そしてまた、現薬事法の公布に先立つ昭和三五年五月一二日薬事審議会の新医薬品特別部会においては、新医薬品製造許可申請書添付資料の基準が定められ、この基準がその後現薬事法施行後も製造承認審査の内規として用いられるようになり、承認申請の手引書として初めて公刊された厚生省薬務局監修「医薬品製造指針(一九六二年版)」に登載されたが、これによれば、右添付資料の内容は、(1)基源又は発見の経緯に関する資料、(2)構造決定など物理的化学的基礎実験資料、(3)効力及び毒性に関する基礎実験資料、(4)臨床実験に関する資料となつており、なお、毒性に関する基礎実験資料については、「品目によつては急性毒性資料のみでもよいが、長期間運用されるものについては必ず慢性毒性試験資料も考慮すべきである」旨の説明が付記されるに至つていた。

しかして、サリドマイド事件の発生をみたのちにおいては、まず中央薬事審議会に医薬品の安全性に関する特別部会(医薬品安全対策特別部会)が設けられ、その答申に基づき昭和三八年四月三日付薬務局長通知(薬発第一六七号)が出され、従来の基礎実験資料に加えて、胎児に及ぼす影響に関する動物試験資料の添付が求められるようになり、さらにその後も、薬務局長通知により添付資料の内容の充実がはかられたのち、昭和四二年九月一三日付薬務局長通知(薬発第六四五号)「医薬品の製造承認等に関する基本方針」及び同年一〇月二一日付薬務局長通知(薬発第七四七号)「医薬品の製造承認等に関する基本方針の取扱いについて」の両通知が発せられ、医薬品の承認審査に必要な資料要求の範囲と承認審査の方針を明確にしたことをはじめとして、薬務行政上の広範囲に及ぶ行政方針が定められるに至つた。右基本方針によれば、添付資料の内容は次のとおりである。

(1) 医薬品についての起源又は発見の経緯及び外国での使用状況等に関する資料

(2) 医薬品についての構造決定、物理化学的恒数、及びその基礎実験資料並びに規格及び試験方法の設定に必要な資料

(3) 医薬品についての経時的変化等製品の安定性に関する資料

(4) 急性毒性に関する試験資料並びに亜急性毒性及び慢性毒性に関する試験資料

(5) 胎児試験、その他特殊毒性に関する資料

(6) 医薬品についての効力を裏付ける試験資料

(7) 一般薬理に関する試験資料

(8) 吸収・分布・代謝及び排泄に関する試験資料

(9) 臨床試験成績資料

また、医薬品の製造承認を受けた者は承認後二年間(のちに三年間に改められた)は当該医薬品に関する副作用情報を収集報告すべきものとされ、かつこれは現薬事法七九条にいう「許可または承認の条件」であることが明示された。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実に徴すると、医薬品の安全性確保のためとみられる我国の薬務行政上の諸措置は、格別の法令上の改変をまつこともなく、薬務局長通知等により、すでにサリドマイド事件以前の昭和二四年当時から次第に具体的な拡充整備をはかられて来ていたものとみられるが、なかんずく、前記未曽有の薬害事件たるサリドマイド事件が発生し、これによって医薬品の副作用の問題が大きくクローズアップされて後は、我国の薬務行政当局の医薬品の安全性の問題に対する認識、姿勢にもさらに大きな変化がみられ、特に医薬品の製造承認に関する具体的な行政措置には著しい変遷をうかがうことができる。

しかしながら、このような現象をもつて、医薬品の安全性に関する行政上の措置を、被告国が主張するごとく新たな行政需要に対する単なる行政指導にすぎず、薬事法上の安全性確保義務の履行としてのものではないかのごとくみるのは、右行政措置の内容、変遷、経過等に照らしとうてい是認できないところである。

たしかに、サリドマイド事件が薬務行政の実際に大きな変化をもたらしたことはそのとおりであるが、しかしながら、、これらは医薬品の安全性に対する薬務行政庁の考え方の単に量的な相違を示すにすぎず、その基本にはなんらの変化はみられないのであつて、これを例えてみると、前記医薬品の製造許可、承認の審査内容に関する前掲「医薬品製造指針(一九六二年版)」に登載された製造承認申請の添付資料基準(昭和三五年に定められたもので、サリドマイド事件以前のもの)によれば、添付資料の一つに「効力及び毒性に関する基礎実験資料」が含まれ、かつ毒性に関しては、長期連用される医薬品については急性毒性のみならず慢性毒性に関する試験資料をも必ず考慮すべきであるとの説明が付加されており、このような急性毒性ないし慢性毒性に関する試験資料の要求は、まさに医薬品の副作用等に対する強い配慮にほかならず、このことは、当時既に厚生当局が、医薬品の安全性の問題について一定の認識をもち、これを薬務行政に反映していたことを示しているものとみられるのであつて、従つて、右は、医薬品の安全性確保ということが、サリドマイド事件以後はじめて厚生当局によつて認識されるようになつたものではないことを明らかに示すものとみられる。結局、これらからすると、医薬品の安全性確保に関する前記各行政上の措置は、むしろ、薬事法上の医薬品の安全性確保義務の存在を終始当然の前提にして、これを基に、ただ現実の行政需要の変遷に応じ、具体的に顕在化して行つたものとみるべきものといえよう。

そしてなお、前記多くの薬務局長通知によつて実施すべきこととされた内容は、法令上の根拠によらない単なる行政指導とすると余りにも重要な内容を含んでいるとみられるのに、この点は、サリドマイド事件以後、被告国自身がいう「医薬品の安全性の確保が緊急課題となりより積極的な薬務行政の展開が必要とされるに至つた現在」に至るもなお、何らの法改正がなされないままでいるのであつて、諸外国においてサリドマイド事件に対応した法改正がなされたのときわめて対照的であるのみならず、薬事法制の変革を行なわないまま、現行の薬事法制のもとで、行政通知などにより医薬品の安全性確保のための前記諸施策を行なうといつたことは、却つて、国自ら現行の薬事法が国に医薬品の安全性確保の義務を課していることを自認するものとみられ、また、右義務を当然の前提に、その解釈適用として行政の弾力的運用をはかつていることを示すものともみられるのである。

4 以上のことからすると、厚生大臣は医薬品に対し、特にその製造承認等において、薬事法上安全性確保義務を負うものと解すべきである。

二 厚生大臣の医薬品に対する安全性確保義務の具体的内容

1 医薬品の製造等承認(旧許可)時における安全性確保義務

(一) 医薬品、特に化学合成医薬品はその有効性の反面、人体に有害な作用をなす一面(副作用)もあり、これが時として重篤な結果を生ずる危険もあるうえ、医薬品を利用する国民の大方はこれを回避する手段を有せず、また、その製造につき与えられる国の承認(旧許可)は、すでに第一章因果関係のか所で述べたとおり本件スモンの病因究明においても、かくも多くの日時と労苦を要した程に、承認等の後の各関係者に与える影響は多大とみられることなどからして、特に医薬品の製造承認等の際の安全性の面についての厚生大臣の配慮は十分慎重なものでなければならないものといえる。

(二) 厚生大臣は医薬品の製造承認等に際しては、当該医薬品の成分・分量・用法・用量・効能・効果等を審査して、その有効性と安全性の比較衡量をなし、その有用性を判定すべきこととなるが、その審査に当つては、事柄の重要性にかんがみ、医学・薬学・薬理学等関連諸科学の最高の学問的水準をもつて望むべきものというべく、そしてそのためには、まず、右承認等申請者に、当該医薬品に関する国内外の文献、動物実験・臨床実験報告等必要とされる十分な資料の提出を求め、また自らも関係係員をして必要に応じ文献、報告等資料の収集・調査をなさしめ、さらに場合によつては、中央薬事審議会(旧法では薬事審議会)専門部会の調査・意見を求め、その他国公立の大学・医療機関・研究施設等に調査を依嘱するなどもして、安全性に関する審査に十全を期すべきものといえる。

厚生大臣は、右調査の結果、当該医薬品の有用性を肯定できない事実が明らかとなつた場合のほか、当該医薬品の安全性について十分な心証を得られず、なかんずく当該医薬品について重篤、不可逆的な副作用の発生が多少とも疑われ、しかもその疑いに一応の合理性が存するような場合には、特に有効性との対比で、その適応症、用法、用量等を強く限定し、可及的安全措置を講ずるなどで有用性が肯定されるような場合のほか、右安全性に関する疑念が十分解明されるに至るまで右医薬品の製造承認、許可をなすべきではないといえよう。

(三) 医薬品の有用性の判断は、具体的には、適応症の種類、治療効果の程度、代用薬の有無、医薬品としての必要性、その副作用の態様、程度(重篤度、発生頻度、可逆性等)などを総合してなされるべきもので、この判断は高度に専門的かつ多面的であり、この意味では、厚生大臣の医薬品の製造承認等の処分は裁量的ということができる。しかしながら、医薬品の製造承認・許可申請に対してなす厚生大臣の処分は、単に右許否のいずれかのみではなく、処分のある期間の留保のほか、医薬品の安全性確保の必要上相当な条件を付して(現薬事法七九条、旧薬事法においては明文の規定を欠くが可能であると解される)承認・許可をなし得るのであり、その場合の条件としては、適応症、用法、用量を限定するのはもとより、使用を相当期間特定の医療機関に限定し、施用上副作用の発生には特に留意させ、また副作用の十分な警告とともに関係者の諒承を得るなども可能なものと解されるのであつて、このような関係も含めて解すると、特に医薬品の安全性の面に関する限り、裁量の余地は小さく、むしろ厳格な配慮が義務づけられるものとみなければならない。

(四) なお以上のことは、医薬品の輸入販売の承認・許可についてもほぼ同様のことがいえる。

2 医薬品の局方収載についての安全性確保義務

(一) 前記のとおり、薬事法上厚生大臣は医薬品の性状、品質の適正をはかるために、日本薬局方(旧薬事法においてはさらに国民医薬品集)を定め、これを公示することとされているが、これら局方収載の医薬品については、その製造に別に厚生大臣の承認・許可を必要としないものとされていることから、右収載に当つては、医薬品の製造承認等の場合と同様、厚生大臣に当該医薬品の安全性についても十分配意すべき義務が課されているものとみなければならない。

厚生大臣は、公定書を定めるに当つては、収載医薬品につき、中央薬事審議会日本薬局方部会(旧薬事法では薬事審議会公定書小審議会、同公定書部会)での十分な調査検討を尽くさせるものはもとより、同薬事審議会を介し広く各面の専門的意見も徴するよう努めさせ、特にその薬理作用が強く重篤な副作用の発生も予想されるような医薬品については格段の調査検討をなすよう注意を喚起し、また、仮に公定書に収載するにしても、適応症、用法、用量の記載に十分留意させるはもとより、作用の劇性なものについてはその極量の記載もなさしめ、さらに重篤な副作用については主要な文献、臨床報告を掲記させるなどもして、医薬品の安全性確保をはかるべきものといえる。

(二) <証拠略>によると、我国における薬局方は、明治一九年六月二五日内務省令を以て発付された第一版日本薬局方(明治二〇年七月一日から施行、当初収載品目数四七〇)が始まりで、その後、明治二四年第二改正日本薬局方、明治三九年第三改正日本薬局方、大正九年第四改正日本薬局方、昭和七年第五改正日本薬局方の各発布を経て、旧薬事法施行後は、昭和二六年三月第六改正日本薬局方公布(なお昭和二三年第一版国民医薬品集が公布され、その後三回の同追補を経て昭和三五年第二改正国民医薬品集が公布されたが、現薬事法施行とともに後記第七改正日本薬局方に整理統合された)、昭和三六年四月第七改正日本薬局方公布、昭和四六年第八改正日本薬局方公布、昭和五一年第九改正日本薬局方公布がなされて今日に至つているが、右改正の過程においては、その改正時における日本薬局方調査会、薬事審議会等の調査審議の結果で幾多の医薬品が削除、追加されている経過をうかがうことができる。

元来、個々の医薬品の有用性、特に安全性の判断は、ある時期における調査検討の結果にだけ完全に依存することはできないのであつて、右判断の基礎をなす医学、薬学、薬理学等関連諸科学の進展もさることながら、公定書収載後の実際の臨床成果の集積をまつて十分なものとなしうるのであつて、右公定書公布後も、その後の再検討、再評価が医薬品の性質上強く望まれるのである。のみならず、公定書収載の一事で当該医薬品が常にきわめて安全なものとの強い信頼を抱かせることによる危険を考慮に入れると、公定書を定める厚生大臣としては、同収載後も、関係医療機関等を通じ副作用情報の収集に努めるとともに、必要に応じ問題の医薬品につき薬事審議会の再検討、再評価も求めるなどして、医薬品の安全性確保をはかるべきものといえよう。

3 局方収載医薬品に他剤を添加・賦加した医薬品の製造等承認(旧許可)時の安全性確保義務

局方収載医薬品を主たる有効成分とし、これに他剤を添加・賦加して一個の製剤となす場合も、薬事法上、局方収載医薬品も含め全体として一個の医薬品として製造承認等の対象となるものと解されるところ、ただこの場合は、すでに局方収載の医薬品については、同収載時にその安全性についての検討がなされていることから、さらに調査検討の必要はないかにみえる。しかしながら、医薬品の安全性に対する判断は、前記のとおり時代とともに変り得るものであるうえ、<証拠略>によると、医薬品も、その主要有効成分が同じであつても添加・賦加剤によつて人体への吸収・代謝等の面でその薬用作用に大きな変化をもたらす場合もあり得るのであり、また、これらの配伍による相加・相乗作用で異なつた作用の発現も考えられ、さらに、局方収載医薬品といつても、その公定書の記載で明確にされる安全性の範囲にはなお十分検討を要する場合もあるのであつて、そしてまた、局方収載医薬品が他剤の添加・賦加により別個の医薬品として新たな製造承認等を受けることにより、その使用が容易になり、広範な利用に供される可能性も生じて来る場合も多いことなどからして、右他剤の添加等で一個の新たな医薬品としてその製造承認等の審査をなすに当つては、すでに局方収載の医薬品も含めすべてにつき改めてその安全性の調査検討をなすべきものといえよう。

4 医薬品の製造等承認(旧許可)後における安全性確保義務

医薬品の安全性確保には、すでに前記のとおり、製造承認等の後においても、その臨床上の成果、特に副作用情報の検討を強く必要とするものであつて、厚生大臣は、右承認等の後も、当該医薬品が臨床上真に有用なものとして是認されるに至るまで、当該医薬品の製造承認等申請者及び公的医療機関等を通じて副作用情報の収集検討に努めるべきであり、右情報その他の関係で、当該医薬品につき重篤な副作用の発生が合理的に疑われるなどの場合は、その程度・状況に応じ適宜、当該医薬品の製造承認等の取消・撤回、もしくはその販売・使用の一時停止、また適応症・用法・用量の限定、副作用情報の能書への掲記・伝達等の条件設定などの措置をとるべきものといえる。

第四被告国主張の反射的利益論とその責任の構造

一 被告国は、薬事法により厚生大臣が国民に対しその健康の維持、増進をはかるべき政治的行政的責務を負うことはあつても、国民のうちの特定の個人に対し何らかの法律上の義務を負うものではないから、たとえ厚生大臣の薬事法上の行政処分によつて、個々の国民が副作用のない医薬品の供給を受け得たとしてもそれは単なる反射的利益にすぎないとともに、かかる利益が侵害されたとしても個々の国民が国に対し損害賠償を請求し得るものではないと主張する。

しかし、元来いわゆる反射的利益論は抗告訴訟における原告適格の問題として論じられてきたところであつて、この場合には、いかなる範囲の者に行政処分の取消あるいは無効確認を求めさせるのが妥当であるかが問題であるのに対し、国家賠償の関係では、行政処分等公務員の職務行為に関連して第三者に損害を生ぜしめた場合、国にどの範囲の者への賠償責任を認めるべきかの問題であつて、両者はいささか次元を異にするものといえる。

一般に、国家賠償法上、国が賠償責任を負担すべき場合は、公務員が故意又は過失により違法に他人に損害を加えた場合であつて、公務員の違法な職務行為と相当因果関係のある損害であればすべて賠償すべきこととなる。しかし、右公務員の職務行為の「違法」とは、これによつて損害を蒙つたその他人に対する関係で国家賠償法上「違法」なものとの評価を受け得るような場合でなければならないのであつて、これは、観点を変えてみると、特に公務員の職務行為の直接の当事者でない第三者に損害を生ぜしめたような場合には、一般には、国がその第三者に対する関係でも公務員の職務行為もしくは不行為につき社会観念上義務違反があるとみられるような場合でなければならないものということができよう。

ところで、前記のとおり、厚生大臣は薬事法上医薬品に対し多くの規制権限を有するとともに、これに関連し医薬品の安全性確保義務をも有するものと解せられるが、これは、単に政治的、行政的責務といつたものではなく、薬事法の規定に基づく法律上の義務である。ただその義務の性質について考えてみるに、たしかにこれは、その認められた理由などから、一般には、その医薬品を使用する可能性のあるすべての国民に対するものであつて、医薬品の使用によつてなんらかの被害を蒙る個々の国民に対し直接負担するようなものではないということができよう。しかし、右義務は、結局は国民個々人の生命、身体の安全を強く意図するためのものであつて、これとの関連は持に密であり、この意味では潜在的には常に国民個々人に対する義務性も容認されるうえ、その義務及び同違反の態様、程度等によつては、国家賠償法上、厚生大臣の医薬品の安全性確保義務違反が、個々の国民に対する関係でも社会観念上義務違反として右「違法」評価を受け得るに至るものと解さなければならない。

しかして、右「違法」評価を受け得るような場合としては、これが広く諸般の事情に関連するため、一般的な立言は却つて妥当でないが、一応の判断の基準としては次のような点が考慮されるべきであろう。つまり、(一)その義務違反によつて生ずる結果が人の生命・身体にかかわる重大なものであること、(二)その義務の覆行をなすべき緊急の必要性があり、かつ国民個々人も強くこれを期待する関係にあること、(三)右重大な結果発生の予見及び同回避措置をとることが容易で、かつ、むしろ同措置によらなければ的確な回避を期待できないこと、などである。

二 被告国の責任につき、本件で問題となるのは、いうまでもなく国家賠償法上の過失責任である。

厚生大臣は、医薬品につきその製造承認等において薬事法上安全性確保義務を有することはすでに前述のとおりであるが、これを、過失責任の構造に照らしてみると、右安全性確保義務は、医薬品の危険に対する予見義務と同結果回避義務として理解することができ、そして、この場合、予見可能性と結果回避可能性は、右予見及び回避義務の内容を画定する前提として考慮すべき課題となる。しかして、過失は、右の意味での予見義務及び結果回避義務違反として把えることができる。

第五厚生大臣の本件キノホルム剤の製造承認等における安全性確保義務違反

一 被告国の責任判断の基準時

本件で原告らにつき問題となるキノホルム剤投与及びスモン発症の時期は、いずれも、原告らの主張する本件キノホルム剤の製造等承認(旧許可)行為の行なわれた最も古い時期である昭和三一年一月一七日以後であるから、同承認等の行なわれた同日を基準に、被告国の責任を判断することとする。

二 キノホルム及びキノホルム剤の来歴

1 キノホルムの開発の歴史

<証拠略>によれば次の事実が認められる。

キノホルムは明治三二年(一八九九年)にドイツで外用消毒剤として開発されたものである(商品名ヴイオフオルム)が、昭和四年(一九二九年)に梶川静夫が結腸炎、赤痢等の患者の治療に内服薬として使用しその効果が認められたことを学会に報告し、昭和六年(一九三一年)には米国のアンダーソン、デーヴイツド、コツホらが、ヴイオフオルムが、モルモツトのバランチジウム病に効果があつたことを報告し、さらにアンダーソンとコツホはアメーバ赤痢に感染した赤毛猿に対しヴイオフオルム投与実験を行ない、ヴイオフオルムのアメーバ赤痢に対する治療効果を肯定する報告を行なつた。

そして、昭和八年(一九三三年)デーヴイツドらは、アメーバ症の患者四七例に対しヴイオフオルムによる臨床治療を行ない、治療効果が認められたことを報告したのを契機に、ヴイオフオルムが本格的に内用薬として用いられるようになつた。

昭和九年(一九三四年)には、キノホルムにサパミンを配伍した「エンテロ・ヴイオフオルム」がスイス・チバ社より発売され、その後も、キノホルムにエントベツクスを配伍した「メキサホルム」(スイス・チバ社)やCMCを配伍した「エマホルム」(被告田辺)などを始めとして、多数のキノホルム剤が開発販売されるに至つている。

そして、当初適応症はアメーバ赤痢が中心であつたが、その後一部では使用範囲が拡大され、各種胃腸疾患に対する治療薬としても用いられるようになつたものである。

ところで、我国においては、大正末期ころから、旧陸軍関係を中心に、キノホルムの国産化が試みられ、昭和一〇年ころからは内務省(のちに厚生省に移管される)東京衛生試験所において国産化のための研究が進められ、その結果昭和一三年ころ、同試験所製薬部技手篠崎好三らによつてキノホルムの新合成法が開発され、製法特許を得て、昭和一四年からキノホルム製品が発売されるに至つた。同製品の大部分は陸軍等に納入されていたが、生産量は昭和一四年度で約四〇〇kg、昭和一五年以降一九年まで毎年約八〇〇kg程度であつたといわれる。

戦後まもなく、右のキノホルム製法特許実施権や製造用機械は、八洲化学株式会社に対して払下げられ、同社において、昭和二三年ころから昭和三〇年ころまでキノホルムの製造が続けられたが、その生産量は年間約六〇〇kgであつたとされている。

このように、国は、戦前においては自らキノホルムの開発及び製造販売に携つていたものであり、ことキノホルムに関する限り、製造者としての地位にもあつたことが認められる。

2 我国におけるキノホルムの劇薬指定とその解除

(一) 劇薬指定とその解除の経緯

<証拠略>によれば次の事実が認められる。

キノホルムは、昭和一一年七月三日公布の内務省令第一九号により薬品営業並薬品取扱規則第三五条による毒薬劇薬品目の指定として、劇薬に指定されたが(もつとも、その指定はキノホルム原末(当時の商品名ヴイオフオルムは含む)に限られ、これを有効成分とするエンテロ・ヴイオフオルムは普通薬扱いのままであつた)、その後昭和一四年一一月九日公布の厚生省令第三六号をもつて劇薬品目中から削除され、またこれに先立つ昭和一四年八月二三日には厚生省令第二七号をもつてキノホルムは普通薬として第五改正日本薬局方中の改正(いわゆる臨時改正)により同薬局方に収載された。しかして、右のようなキノホルムの劇薬指定解除がいかなる理由をもつて行なわれたのかは必ずしも明らかでないが、右「第五改正日本薬局方中改正に関する件」と題する当時の厚生次官通牒では、右改正は「事変の長期戦化せる現下の時局に対処せんがため国産品を以て輸入品に替へ治療上支障なき限り之に適応すべき規格に改め」るためとされ、また、右改正に関する当時の衛生局長通牒では、右は「国産医薬品の生産奨励により可及的自給方策を講じ外国品の輸入を防遏する趣旨」のためのもので、キノホルムはこれにより新たに収載された主な品目の一つとされている。

(二) 劇薬指定の基準

ところで、明治二二年の薬品営業並薬品取扱規則によれば、劇薬とは、「其ノ性効毒薬ノ如ク峻烈ナラザルモ、用量ニ依テハ容易ニ危害ヲ来スヘキモノヲ劇薬トセリ」と定めていた。

そして、<証拠略>によれば、昭和一一年七月二〇日発行の日本薬報紙上において刈米達夫は、「毒劇薬並毒劇物品目改正に就て」と題し同改正に関与した立場から、個人としての意見であるとの前提で次のとおり述べている。

すなわち、「毒劇物とは、一、小量にて危害を生ずる虞れのあるもの、二、中毒量と薬用量の極めて接近せるもの、三、慢性中毒その他連用により危害の生ずる虞れもあるもの、四、特異体質に対し危険なる反応を呈し易きもの、との条件に該当するものと考えねばならない。右一の条件にいう少量とは、……、大体において成人経口一g以下のものを毒薬とし、一g以上一五g以下のものを劇薬とするという標準を仮に設けて参考としたこと、人の致死量に関する文献の拠るべきもの無き薬品については、止むを得ず、動物に対する致死量を参照し、大体において動物の体重一kgに対し経口致死量二〇mg以下、、あるいは皮下注射致死量一〇mg以下、もしくは静脈注射致死量七mg以下の程度のものは毒薬として考慮し、また同様に、経口三〇〇mg、皮下注射一五〇mg、静脈注射一〇〇mg以下をもつて死に至る程度のものは劇薬として一応調査上の参考に供した。」と述べている。

また、<証拠略>によれば、現薬事法の解説書である「薬事法詳解」中で、著者牛丸義留は、毒薬又は劇薬指定の基準について、(1)急性毒性の強いもの(急性毒性の強弱は五%致死量(LD50mg/kg)をもつて判断され、毒薬は経口投与三〇mg以下、皮下注射二〇mg以下、静脈注射一〇mg以下、劇薬は経口投与三〇〇mg以下、皮下注射二〇〇mg以下、静脈注射一〇〇mg以下の値を示すものが指定される)、(2)慢性毒性の強いもの、(3)安全域の狭いもの、(4)中毒量と常量とがきわめて接近しているもの、(5)副作用の発現率の高いもの、(6)蓄積作用の強いもの、(7)常用量において激しい薬理作用を呈するものとの条件のいずれかに該当すれば、毒薬又は劇薬に指定されるのが通例であると述べている。証人高野哲夫の証言によるも、劇薬はLD50値が三〇〇mg/kg以下とされている。

(三) キノホルムの劇薬性

<証拠略>によれば次の事実が認められる。

アンダーソンらは、昭和六年(一九三一年)に、実験生物医学会会誌二八巻(東京帝国大学医学部附属医院図書室収納)において「生物学的作用に対するオキシキノリンのハロゲン化の影響」と題する報告をなし、その中で、ヨードクロルオキシキノリン(キノホルム)は、モルモツトに対し経口投与によるLD50値が二〇〇mg/kgより少ない(一〇匹中七匹が死亡)と述べている。

また、デーヴイツドらは、昭和一九年(一九四四年)アメリカ熱帯医学雑誌二四巻における報告中で、ヴイオフオルムの経口投与の場合のLD50値がモルモツトで約一七五mg/kg子ネコで約四〇〇mg/kgであると述べている。

これら各報告結果を、前記劇薬指定の各基準に照らしてみると、キノホルムは当時劇薬として指定されても決しておかしくない作用を有しているものと認められるうえ、むしろ前述の我国における劇薬指定解除の合理性がきわめて疑わしいものといえる。

三 キノホルム及び類縁化合物についての副作用等に関する文献報告

前記のごとく、厚生大臣は医薬品の製造等承認(旧許可)審査などに当たり、当該医薬品に関する国内外の文献・報告等を精査すべきであるところ、本件において前記基準時以前におけるキノホルム及びこれに関連するその類縁化合物の人及び動物に対する害作用に関する文献・報告として、厚生大臣が特に留意すべきでありかつこれが可能であつたと思われるものを以下に摘記する。

1 キノホルムの人に対する神経障害に関する文献・報告

<証拠略>によれば、次の事実が認められる。

(一) 昭和一〇年(一九三五年)ブツセ・グラヴイツツは、アルゼンチンの医学雑誌「ラ・セマナ・メデイカ(二月一四日号)」において「アメーバ症の治療における新しいオリエンテーシヨン」と題する報告を行ない、その中で次のように述べている。

すなわち、アメーバ症患者一五三例に対しヴイオフオルムを〇・五gずつ一日三回三〇日間投与したところ、ヴイオフオルムの主な副作用は便秘であり、便秘の結果として心悸亢進、疼痛、膨満などの不快を伴つて鼓腸が起きることがあり、いくつかの症例では激痛を伴つた腸の発作や嘔吐を伴つた胃の発作が観察され、さらに、一例においては横断性脊髄炎に似た下肢の麻痺症状及び聾感の発現を観察したこと、但しこれは一つの孤立例であり、他の原因に帰することができる偶然の一致で、患者のヴイオフオルム不耐容性に帰せられないものであるにしても、これについて前もつて注意し、同時に患者に指示を与えれば役に立つであろうと述べ、なおまた、結論として、ヴイオフオルムはアメーバ症に対する選ばれた薬物ではあるが、治療がやや長期間にわたりかつ完全に安全であるというわけではない欠点をもつているとも述べている。

(二) 次に、エンリケ・バロスは前同年前掲「ラ・セマナ・メデイカ(三月三一日号)」誌上において、「増えゆくアメーバ」と題し、前記グラヴイツツの論文に対する再検討の結果として次のとおり報告した。

すなわち、グラヴイツツが観察した前記神経症状を呈した患者(英国女性で年令三一才の主婦、過去に腸の病変は何もない)の症状経過について、同患者は一九三四年(昭和九年)八月二〇日第一子出産後の退院時(入院時良好な健康状態)に医師から一日三回(包)服用の条件でヴイオフオルム〇・五g宛入り九〇包を与えられたが、服用開始三日後に胃痛、嘔吐、頭痛を起こし、そして少し後に足のしびれ感(足がまるで死人のような気持)を生じたこと、一〇日目に服用を中止したところ、軽快したが異常知覚は残り、七日後再び服用したところ、数日後嘔吐及び疝痛を伴つて反応したため、服用を中止し、それによつて軽快するも、足は常に重い感じが続いたこと、九月二一日に服用を再開したところ、腹痛が生じ、また下肢の知覚及び運動障害が増悪し、それは一日毎に悪化し、足をひきずり歩行のために壁によりかかつて身体を支えなければならず、乳児を抱いて床に四回転倒したこと、九月二八日ヴイオフオルムの服用を再開し、一〇月三日処方された全部の服用を終えたところ、少しずつ下肢の弛緩は消失し、一〇日後には著しい痙攣性の状態での歩行が可能になつたこと、一一月一〇日から発熱が数日続いたので、著者(バロス)が診察したところ、痛覚減退及び両下肢の腱反射亢進、両足及び両膝のクローヌス、腹部皮膚反射の消失、バビンスキー高度陽性、並びに少しのち拘縮を認め、また相当の栄養不良及び一過性ではあるが尿中の糖分の存在を認めたこと、そこで著者は脊髄炎と診断したうえ、病院のスタツフに対し、前記の如き投与量でのヴイオフオルム投与を強制しないことなどの約束を取り付け、また著者はこの症例を直接製薬会社(アルゼンチンのチバ社からスイス・チバ社への伝達も推認される)に伝えたところ、製薬会社において、情報提供に感謝し、かつ医師に対して能書に示された投与量を超過することがないよう勧告する旨返事を行なつたこと、著者は病変がD8から12分節の高さにあることを認め、括約筋の障害及び栄養性病変は存在しなかつたので、全治は無理であろうが患者の生命に関する限りは予後良好とすることができたこと、感染症的因子は何ら関与していないように見え、他方、先行した妊娠により助長された毒性因子が関与していることは充分明白なようにみえるが、この妊娠は相当過去のものであつて、観察された重大な臨床像の原因としては、これを除外することができるものと考えられること、以上のとおり述べている。加えて、右症例と同様の治療を受け、不全対麻痺及び糖尿を伴なう類似の知覚異常が発現した患者(四五才の男性、但し右症例よりはるかに軽症)をも紹介している。

さらに著者は、ヴイオフオルムはヨードフオルムの代用物であり、ヨードフォルム以前には毒性学において重要な薬剤であつたこと、従つて我々は、実験による研究をなすに値する新しいタイプの中毒に直面しているのであると述べ、前記二症例がヴイオフオルムの服用を原因とすることを強く示唆している。

(三) なお、グラヴイツツ及びバロスの報告が掲載された「ラ・セマナ・メデイカ」誌は昭和一二年六月一五日東北帝国大学医科分院に収納されている。

2 キノホルムの人に対するその他の副作用報告

(一) アンダーソンとリードの報告

<証拠略>によれば次の事実が認められる。

昭和九年(一九三四年)H・H・アンダーソンとA・C・リードは、アメリカ熱帯医学雑誌一四巻誌上において、「抗アメーバ剤の副作用」と題し、次のとおり報告している。

すなわち、ヴイオフオルムを経口投与した六〇例中三例に副作用の発現をみたこと、そのうちの一例は一日一g一週間投与で心悸亢進、呼吸困難、頭重感、頭痛が発現したものであり、他の二例のうち、一例は腹痛、下痢、はなはだしい鼓脹、粘血便を伴つた激しい胃の不調を経験し、彼女は一週間に四・〇gを服用した後吐き気を催して嘔吐し、最後の一例も、症状はそれ程重篤ではなかつたが右同様であつたこと、また温和な気候下でのアメーバ症には、大量の有害薬剤の長期連用を要するほど激しい症状はなく、換言すれば、普通の患者では右病気による危険性は治療による危険性を加えることを止むを得ないとするほど大きくはないことなどを述べている。

なお、右症例については、我国においても、昭和二二年松林久吉の「赤痢アメーバ」と題する文献で、アンダーソンらの三例が中毒症状を呈したとしてその内容が紹介されている。

(二) デーヴイツドらの報告

<証拠略>によれば次の事実が認められる。

N・A・デーヴイツド、N・M・フアタツク、及びF・B・ツエナーは、昭和一九年(一九四四年)アメリカ熱帯医学衛生学雑誌二四巻(昭和二七年一一月一九日大阪大学医学部図書館収納)誌上において、「ヨードクロルヒドロキシキノリン及びジヨードヒドロキシキノリン、動物毒性とヒトにおける吸収」と題した報告の中で、右薬剤を投与(ヴイオフオルム〇・二五gカプセルを一日三回一〇日間、ジヨードキン〇・二一g―一錠を一日三回一〇日間)した人(ヴイオフオルム九人、ジヨードキン一〇人)のほとんどに肛門掻痒感、一部に胸やけとはき気、腹部膨満感が認められたこと、なおジヨードキン投与者二名に嗜眠、二名にほてり感がみられたことを述べている。

そしてなお、右誌上で、デーヴイツドらは動物毒性実験、人体での血中ヨウ素測定実験の結果に基づく考察として、ヴイオフオルム、ジヨードキンが人体に吸収されて毒性を示す危険性を強く指摘し、「これら薬剤のいずれかをアメーバ症の予防に使用する際には厳格な管理が必要であり、キニーネによるマラリヤの予防のように広範囲に自由に行なわれてはならない」、と警告している。

そしてまた、デーヴイツドは昭和二〇年(一九四五年)アメリカ医師会雑誌一二九巻誌上においても、「経口殺アメーバ剤の無規制な使用」と題した報告の中で、キニオフオン、ヴイオフオルム、ジヨードキン等の殺アメーバ剤について、これらの薬物はもともと毒性があり予期せぬ副作用を生ぜしめることがあるとして、次のような警告を行なつた。

(1) 治療は一〇日ないし一四日の短期間に制限すべきである。

(2) 別の治療コースを始めるときは、二―三週間の休薬期間を置き、糞便がアメーバ陽性であることを確認しておかねばならない。

(3) ヨウ素含有化合物のヴイオフオルム等は、肝障害又はその疑いのある患者や薬物過敏性を有することが分つている患者には禁忌である。

(4) これらの薬剤のいずれをも、非アメーバ性下痢の治療に対し経験的に使用すべきでない。

そして最後に、デーヴイツドは、これら薬剤の「用量の増加と治療期間の延長は、疑いもなく、ヨウ素吸収の程度を増し、毒性発現の可能性を高めるであろう」「そして、これらの薬物はある用法用量で動物を死亡させ、ヒトに副作用を起こし得るということが分つたので、医師は、これらの化合物を処分するときには、留意すべきである」と結んでいる。

(三) ヴアキルの報告

<証拠略>によれば以下の事実が認められる。

ルストム・J・ヴアキルは、昭和二〇年(一九四五年)三月インデイアン・メデイカル・ガゼツト誌上において、「エンテロ・ヴイオフオルム錠に対する耐容性」と題する報告の中で、エンテロ・ヴイオフオルム錠一日当り六錠を一一ヵ月以上にわたり継続して服用した患者が、九ヵ月後心悸亢進、動作時の呼吸困難、過度の疲労、倦怠感、抑うつ症、及び頭痛が認められたと述べている。

(四) 徳山康秀の報告

<証拠略>によれば、昭和一一年、徳山康秀は治療学雑誌六巻誌上において、「腸疾患とヴイオフオルム」と題する報告の中で、腸結核の治療のためヴイオフオルム経口投与後、稀に胃部膨満感と軽度の灼熱感及び食欲不振を訴えるものがあつたが、使用中止とともに止んだと述べていることが認められる。

(五) 田辺操の報告

<証拠略>によれば、田辺操は昭和一五年「治療及処分」誌二一巻誌上において、「アメーバ赤痢の化学療法」と題する報告の中で、ヴイオフオルムの副作用としては、極量を使つた場合稀に腹痛、頭痛、下痢、悪心、心悸亢進、呼吸困難があるというと述べていることが認められる。

(六) 奥津汪の報告

<証拠略>によれば、奥津汪(国立久里濱病院)は、昭和二五年「日本臨床結核」誌に同年四月収載された「キノホルムの肺結核患者下痢に対する使用効果に就て」と題する報告の中で、キノホルムの副作用として極量使つた場合、稀に腹痛、頭痛、下痢、悪心、心悸亢進、呼吸困難、粘血便のみられたのもあるといわれていると述べたうえ、なお、八洲化学のキノホルムを臨床応用するに当り、キノホルムの使用法は体重一kgに対して〇・〇一gとされているとし、自らは投与方法として一日量〇・六gでなお副作用を考慮して連続投与を七日以内としたことを明らかにし、さらに、その「考按」のか所で、過量および長期服用継続は避けるべきであるが、慶大松林教授の報告にあるごとく二・〇gを二週間連用しても何ら副作用をみなかつた点より、大体重症者でも一日〇・六gで一〇日以内なら副作用はないものと思われる、と述べていることが認められる。

(七) グツドマン=ギルマンの薬理学書

<証拠略>によれば次の事実が認められる。

L・グツドマン、A・ギルマン共著「治療学の薬理学的基礎」第一版(昭和一六年(一九四一年)発行)には、キノホルムの毒性として胃腸症状が幾分増加することがあり、患者二〇名中一名程度は激しい胃の障害があること、臨床上の地位と用法として急性又は慢性の腸アメーバ症だけに有効であること、用量として一日に〇・二五gを三回又は四回、一〇日間投与するがこれが一コースであり、このコースを繰返す前には少なくとも一週間から一〇日間の休薬期をおくべきことなどの記述が存する。

3 キノホルムの毒性の動物実験及び試験管内試験に関する文献・報告

(一) リークの報告

<証拠略>によれば次の事実が認められる。

C・D・リークは昭和七年(一九三二年)アメリカ医師会雑誌九八巻誌上において「アメーバ症の化学療法」と題する報告の中で、キノホルム投与により死んだ複数の兎の組織学的検索では肝臓障害がみられ、このことからして右薬剤を肝臓の疾患がある時に使うには注意を要する旨述べている。

(二) デーヴイツドらの報告

<証拠略>によれば次の事実が認められる。

N・A・デーヴイツド、H・G・ジヨンストン、A・C・リード、C・D・リークは、昭和八年(一九三三年)、アメリカ医師会雑誌一〇〇巻誌上において、「ヨードクロルハイドロキシキノリン(ヴイオフオルムN・N・R)によるアメーバ症の治療」と題する報告の中で、ジエームズ・ラインハートの実験によると、キノホルム二五〇mg/kgの経口投与一回で死亡した動物では、肝臓に脂肪浸潤と小さい壊死部位が、腎細尿管に若干の障害が認められ、このことはキノホルムの治療中又は治療後に肝臓又は腎臓障害の徴候があるかどうか慎重に監視すべきことを示唆している、と述べている。

なお、デーヴイツドらは右報告で、副作用を強く考慮し、アメーバ症に対する治療法(用法・用量)として一日〇・七五gを一〇日間、続いて一週間休薬、その後再び一日〇・七五gを一〇日間投与で総量一五gでは、どの患者においても何ら毒性の徴候、不快な症状を認めなかつたことを明らかにしている。

(三) ホーグの報告

<証拠略>によれば次の事実が認められる。

ホーグは、昭和九年(一九三四年)「抗アメーバ薬の組織培養細胞に対する作用についての研究補遺」と題する報告において、ヴイオフオルムその他の抗アメーバ薬について、試験管内で培養した鶏胚の消化管組織に対する作用に関する試験を行ない、キノホルムについては、一〇〇〇分の一から五万分の一の希釈度液を用いたが、いずれの濃度でも神経を死滅させたことを述べている。

(四) スイス・チバ社の実験

<証拠略>によれば次の事実が認められる。

(実験1)

昭和一四年(一九三九年)スイス・チバ社は、エンテロ・ヴイオフオルムの急性毒性試験を行ない、右薬剤を投与(キノホルム〇・一二五~一・七g/kgの一回経口投与)された九匹のネコにおいて、例えば、<1>ネコ1は、二〇錠のエンテロ・ヴイオフオルム(キノホルム一・七g/kg)を経口的に投与されて、翌日に、強い痙攣、下痢、強い振顫、よろめき歩行および著しい呼吸促進が現われ、<2>ネコ2は、一〇錠のエンテロ・ヴイオフオルム(キノホルム一g/kg)を経口的に投与されて、一二時間後に軽度の痙攣が出現し、歩行は硬直性、動揺性であり、呼吸は早く糞便は血便となるなど、痙攣、振顫、よろめき歩行、呼吸促進、硬直性ないし動揺性歩行、もうろう状態などが観察されたと報告している。

(実験2)昭和一九年(一九四四年)スイス・チバ社は、家兎を用いてブロムクロールオキシキノリン及びエンテロ・ヴイオフオルムの毒性の各種比較対照実験を行ない、その結果、比較された物質は、程度の差はあつてもすべて毒性があり、また外面的な中毒症状はただ稀にしか現われない、そして大抵麻痺症状として発現すると報告している。

(実験3)

昭和二七年(一九五二年)スイス・チバ社は、ヴイオフオルムの家兎における経口的毒性の検査(ヴイオフオルム〇・〇二五~〇・二〇〇g/kg)を行ない、投与して数日後に食欲の減少、及び全身の感覚鈍麻から成る中毒症状が現われたと報告している。

4 キノホルム以外のハロゲン化8ハイドロオキシキノリン類に関する文献・報告

<証拠略>によれば次の事実が認められる。

キノホルムは、キノリン核の八位に水酸基を導入したところの8ハイドロオキシキノリンの、五位に塩素、七位にヨウ素をそれぞれ導入しハロゲン化(CL、I、Br等のハロゲン元素で置換すること)した物質(5クロル・7ヨード・8ハイドロオキシキノリン)であるところ、ハロゲン化8ハイドロオキシキノリン誘導体としては、キニオフオン(商品名ヤトレン)(5スルホン酸・7ヨード・8ハイドロオキシキノリン)、ジヨードキン(5・7・ジヨード・8ハイドロオキシキノリン)、ブロキシキノリン(5・7・ジブロム・8ハイドロオキシキノリン)(右各構造式は左図のとおり)などがあり、これらの物質とキノホルムとは構造上のみならず作用の面でも共通性が強く、従つてこれらの薬剤にみられる副作用は、キノホルムについても認められる蓋然性が高い。

キノホルム

キニオフォン

ジョードキン

ブロキシキノリン

そこで以下、右のハロゲン化8ハイドロオキシキノリン誘導体の副作用に関する文献報告をみていくこととする。

(一) シユーベルの報告

<証拠略>によれば次の事実が認められる。

シユーベルは、大正一四年(一九二四年)「ヤトレンの毒性学」と題する報告において、ヤトレン(キニオフオン)の〇・四%溶液中にウグイを入れたところ、三〇秒後に強い興奮が確認され、それはすぐに麻酔状態になつたこと、カエルやマウスに対する右薬剤の皮下注射実験では、呼吸困難、後肢の麻痺などがみられたと述べている。

(二) シルバーマン、レズリーの報告

<証拠略>によれば、次の事実が認められる。

D・N・シルバーマン、A・レズリーは、昭和二〇年(一九四五年)アメリカ医師会雑誌一二八巻において、「ジヨードキンの毒性作用」と題し、ジヨードキン投与のアメーバ症患者三例について、うち一例の患者は、ジヨードキン投与後フランケル(節腫)が出現し、他の一例では全身性の節症が発生し、残りの一例では、咽喉痛と悪寒を訴え、細かい皮膚発疹が現われ、これは急速に全身に及ぶ班点のある発赤となつたが、いずれもジヨードキンが原因と考えられたと述べ、「ジヨードキンによるアメーバ症の治療中にあらわれる薬剤中毒の可能性に対して注意を喚起したい」としている。

5 右以外のキノホルム類縁化合物に関する報告

<証拠略>によれば、以下の事実が認められる。

(一) アイダ・Gシユミツト、L・H・シユミツトは、昭和二三年(一九四八年)ジヤーナル・オブ・ノイロパソロジー・アンド・エクスペリメンタル・ノイロロジー七巻四号誌上の「8―アミノキノリンの神経毒性、プラズモシドの投与によつて惹起された赤毛ザルの中枢神経系統における障害」と題する研究報告で、次のとおり述べている。

赤毛ザルに8―アミノキノリンの誘導体であるプラズモシド〔6―メトキシ―8―(3―ジエチルアミノプロピルアミノ)―キノリン〕を適当量投与した際、この誘導体は、規則正しく、極度の知覚過敏、眼球震盪、瞳孔反応の消失、めまい、運動失調、歩行困難症、ジスエルギーおよびデイスメトリアを生じ、またしばしば斜視と明らかな視力の消失を惹起した。これらの反応の強さと進展の速さは投与したプラズモシドの量により変化した。最も大量投与したサルは、三六時間~七二時間以内に死亡し、症状群は、一二時間~一八時間以内にはつきり発現した。最小発現量(それは二一日の治療期間では致死的ではない)を投与された動物では、上記の症状は、よりおくれて出現し、最初の症状は、薬剤の初回投与後三六時間~四八時間で出現した。

(二) R・リヒターは、昭和二四年(一九四九年)ジヤーナル・オブ・ノイロパソロジー・アンド・エクスペリメンタル・ノイロロジー八巻二号誌上の「猿の神経系に対するある種のキノリン化合物の作用」と題する研究報告で次のとおり述べている。

プラズモシドを経口投与したサル五匹につき、投与開始後一二~四八時間でいずれも神経学的にはつきりと異常を示し、大量投与するほど幾分症状が早目にあらわれ、そして一匹を除いて全動物が五日以内に斃死した。一番最初にあらわれた徴候は平衡障害で、後には立ち上ることも、坐ることも歩くこともできなくなつた。また動物はいずれも眼振が明瞭で、その後一匹を除くすべてのサルに瞳孔の異常があらわれ、なおまた膝蓋腱反射は鋭敏になり、うち二匹には間代性痙攣を頻繁に起した。

R・リヒターは右研究で、同じキノリン誘導体であるプラズモキン・スルフアについても、サルに経口投与した結果、頭と四肢の振顫、眼瞼下垂、内斜視、眼球運動麻痺があつたとする。そして、これらの研究での考察および結論の部分では、特に、キノリン骨格の上に組み立てられた数種の化合物は、中枢神経系に特殊な破壊的親和性をもつており、その作用は側鎖の種類と配置の如何によつて異なるが、この毒作用のうちのあるものは脳幹核、それも主として知覚神経と運動神経に選択的に、局在壊死を起すためにあらわれるものであるとし、そしてさらに、これらからして、この種の化合物の作用と化学構造との関係をもつと深く研究すれば、人間の脳疾患および脊髄疾患を起こす毒物についての有効な情報が得られるかも知れない、と示唆している。

6 キノホルムの生体内吸収・分布・代謝に関する文献・報告<証拠略>によれば以下の事実が認められる。

(一) デーヴイツドらは、前記3(二)記載の報告において、ヴイオフオルムをモルモツトに経口投与した結果、胃腸管からいくらか吸収され、一部尿中に排泄されると述べている。

またデーヴイツドらは、前記2(二)記載の各報告中で、ヴイオフオルムを人に投与し血中ヨウ素濃度を測定するなどの実験を行ない、ヴイオフオルムが吸収されることを肯定する結果が得られたことを報告している。

(二) ナイトらは、昭和二四年(一九四九年)国内医学年報三〇巻六号において、「アナヨジン、キニオフオン、ヴイオフオルムのヒトにおけるヨウ素吸収の比較研究」と題する報告中で、ヴイオフオルム等を人に投与し、血中ヨウ素濃度を測定した結果、いずれの薬剤もある程度吸収されると述べている。

(三) ハスキンスらは、昭和二五年(一九五〇年)アメリカ熱帯医学衛生学雑誌三〇巻における「放射性ヨウ素によつて測定したウサギでのジヨードキン、ヴイオフオルム、およびキニオフオンの生理的特質」と題する報告、並びに昭和二八年(一九五三年)薬理学及び実験治療学雑誌一〇九巻二号における「ウサギにおけるヴイオフオルムおよびジヨードキンの尿中排泄」と題する報告の各報告中で、ウサギにヴイオフオルムを投与し、吸収排泄実験を行なつた結果、ヴイオフオルムが体内に吸収されて尿中に排泄されると述べている。

(四) アーノルド・パルムは、昭和七年(一九三二年)アルヒフ・フユル・エクスペリメンテレ・パトロギイ・ウント・フアルマコロギイ一六六巻「キノリン系列における研究第一〇報、ジヨード化合物」と題する報告で、ジヨードオキシキノリンによる吸収排泄の動物実験の結果、「ジヨードオキシキノリンのヨウ素は生体内で分離されない、本物質の多くの変換産物が尿中にあらわれ、その中には酸性の特性をもつものがある、一種の硫酸エステルがたしかに証明され、一種(または数種?)のグルクロン酸エステルがありそうである」と述べている。

四 昭和三一年一月当時及びその後において厚生大臣が本件キノホルム剤の製造承認等においてとるべき安全性確保措置とその懈怠

1 予見可能性

(一) 予見可能性の範囲

予見可能性の範囲は、結局、とるべき措置との関係で定められ、当該結果回避のためにとるべき措置を可能ならしめる程度に危険についての予見が可能であれば足るものであり、そして、この予見可能性の内容は、ある状況下での単なる疑念がそれに応じた文献調査等の予見義務を尽くすことによつて、次第に、あるいは大きな疑いにも拡大発展していくべき性質のものである。

本件キノホルム剤についての予見可能性は、後記回避措置をとることを可能ならしめる程度に、その安全性について一応の合理性をもつた疑いを生ぜしめるものであれば足るのである。

(二) 本件キノホルム剤の危険についての予見可能性

(1) キノホルムの化学的構造からする危険の予測

キノリン Benzolkern Pyridinkern

8ハイドロオキシキノリン

キノホルム

<証拠略>及び前掲各副作用文献・報告等によると、次の事実が認められる。

キノホルムは、化学的には、キノリン誘導体の一種で、抗マラリア作用、原形質毒作用、中枢作用などで知られるキニーネの骨格の一つであるキノリン骨格を母核とし、その側鎖の八位に水酸基を導入し、さらにその五位に塩素、七位にヨウ素のハロゲン元素を結合させた5クロル7ヨード8ハイドロオキシキノリンで、その化学構造は左記のとおりであり、そして、キノホルムは、古くからマラリアの特効薬といわれて来たキニーネの作用から、その骨格の一つキノリン核の誘導体により抗マラリア剤パマキン、ペンタキン、クロロキンなどを合成して行く過程で、前世紀末ころヨードホルムに代わる外用消毒薬として開発されるに至つたものであるところ、

<1> 大正四年山本直枝は「臨床医学第三年」中「局所麻酔薬トシテ「キニーネ」ノ価値」で、家兎によるキニーネの動物実験で知覚麻痺に随伴し後肢の運動麻痺を起したことなどを明らかにしたうえ、その総括として「キニーネ」の「知覚麻酔作用ハ、確実ニシテ持久性ナリ」「神経麻酔作用ハ、知覚運動両繊維ヲ殆同等ニ侵ス」「知覚麻酔作用ハ、末梢ニアリテハ比較的迅速ナレドモ、神経幹ニアリテハ「コカイン」ニ比シ著ク緩徐ナリ」としており、<2>昭和一六年高瀬豊吉は「化学構造と生理作用」で、まず、キノリンは、Fyriuinkern及びBenzolkernを縮合したもので、その薬物学的作用も「pyridin及ビBenzolト同様ノ作用ヲ有シテ居ル、元来pyridinトBenzolトハ作用ガ類似シ、両者共始メ中枢神経ヲ刺戟シ且ツ反射機能ノ亢進ヲ来スモ、後麻痺ヲ来ス、末梢神経モ亦麻痺セラル」、キノリン(Chinolin)も「同様ニ中枢神経ヲ刺戟シ後麻痺スル、殊ニ延髄ニ於テ明カデアリ、其為メニ呼吸及ビ血圧ヲ始メ亢進シ後仰制スル」とし、キノリンを「家兎ニ〇・三g/kgヲ与ヘルト虚脱ヲ来シ、呼吸及ビ心臓麻痺ヲ起シテ死ニ至ル、犬ハ〇・五gヲ内服セシムルカ皮下注射スルト嘔吐ヲ来ス」とし、また、8ハイドロオキシキノリンは「臨床上炎症ノ治癒ヲ容易ニスルコトガ出来ルト云フガ最モ重要ナノハ防腐作用ガ強大デアルコトデアル故ニ其ノ誘導体ハ防腐薬トシテ使用サレテ居ル」、即ちキノゾオル、ヤトレン、ローレエテイン、ヴイオフオルム等であり、一般に、ハイドロオキシキノリンの毒性はキノリンに比し強いが水酸基の位置によつてその作用の性質及び強度に相違があり、8ハイドロオキシキノリンは「極ク少量デモ中毒症状ヲ来ス」とし、そしてまた、ヴイオフオルムは殺菌作用強くその作用はヨードホルムより大であり、ヨードホルムの良き代用品であるが、「副作用トシテ時ニ水疱性皮膚炎及ビ甲状腺中毒症状ヲ呈セル報告ガアル、家兎ニ〇・一~〇・三gヲ皮下注射セルニ局所ヲ刺戟シテ膿瘍ヲ造ツタ」とし、なお極量一回〇・三g、一日一・〇gとしており、<3>昭和五年バアシイ・メイ著・橋爪恵訳「医薬合成化学・完」では、「芳香属化合物の水酸基置換体は常にその生理作用並びに毒性を増大せしむ」とされ、<4>一九〇二年(明治三五年)O・シユミーデベルグは「薬物学要論―薬物学と毒物学に関して」で、キノリンの作用は「常に運動分野を麻痺させ、軽い虚脱を生じさせる」、キノリンの塩は家兎に〇・一~〇・一五g/kgで「睡眠・活動の停止・麻痺をひきおこす」とし、<5>明治四〇年鈴木幸太郎「薬物学提綱完」では、「ヒノリン」(注・キノリンのこと)は「防腐解熱ノ効アルモ有害ナル副作用アルヲ以テ近時使用スルモノ少ナシ」とされ、<6>昭和三年原三郎は「実験薬理学」で、「ヒノリン誘導体ハ副作用強ク現今ハ殆ンド使用セラレズ」、この物質の母質「ヒノリン」は「中枢神経系統ニ対シテソノ作用峻烈ニシテ殊ニ延髄ノ諸中枢ヲ麻痺セシメ虚脱、呼吸遏止ヲ惹起セシムルニ至ル」とし、林春雄「薬理学」でも同旨の記載があり、<7>一九〇八年(明治四一年)F・テルングは「スイス医師通信誌」で、八才の少女の卵巣腫瘍手術後ヴイオフオルム・ガーゼを用いて興奮とひどい見当識喪失を生じたとする症例を紹介し、「ヴイオフオルム中毒というものは決してあり得ないことではないように思われる」とし、そして、この症例は我国でも、大正五年「治療薬報」中陰山「小児外科とヴイオフオルム」で、ヴイオフオルムの中毒作用として詳細に紹介されており、<8>昭和二四年リヒター前掲(第五、三45(二))では、キノリン骨格の上に組みたてられた数種の化合物は中枢神経系に特殊な破壊的親和性をもつていることが指摘され、<9>昭和六年アンダーソン、デーヴイツド、コツホらは「実験生物医学会会誌」、また、昭和八年デーヴイツド、ジヨンストン、リード、リークらは「アメリカ医師会雑誌」で、いずれもハロゲン化オキシキノリン誘導体の毒性について、オキシキノリンは塩素、ヨウ素とそのハロゲン化またハロゲン原子量に比例して毒性を増大するものであることを報告し、<10>その他キノリン誘導体であるプラズモシド、パマキンなどの神経毒性についての報告は少なくない。結局、以上これらからすると、キノホルムはキニーネに始まり、キノリンからハイドロオキシキノリン(水酸基の導入)、次いでハロゲン化(塩素、ヨウ素の結合)する化学構造的過程において、それ自体の化学的性状に強い神経毒性の存在を懸念させるものであるうえ、人体への危険の可能性も一応予想すべき状況にあつたものとみられ、しかも、これらは当時の薬学・薬理学等の基本的文献・報告、同関連の比較的著名な文献・報告、また相当程度の薬学・薬理学の専門的知識によれば、さほど困難もなく知り得た事情とみられる。

たしかに、キノリン誘導体の構造活性相関については、特にキノリン母核と側鎖の結合基による微妙な関連・差異・重要性等について異なつた見解があり、また十分明らかでない面も多いが、しかし、少なくとも薬剤としての使用を許容するうえで、右危険に対する特に十分用心深い配慮をなすべき状況にあつたことは否定できないものといえよう。

後述するとおり当時医薬品の製造等許可・承認に関与していた厚生省担当技官は、いずれも薬学・薬理学等につき相当程度の知識を有しているべき薬剤師の有資格者であつたとされているのであるから、右危険に対する予測及び配慮をなし得なかつたとすることはとうていできないものといえよう。

(2) キノホルムの劇薬指定と局方収載の実状

キノホルムが、昭和一一年国によつて劇薬に指定されたことは前記(第五、二2)のとおりであるが、その指定の理由がキノホルム自体の作用の劇性によるものであることは同記載の毒性動物実験等に照らし明らかであり、このことで、<証拠略>によると、昭和一一年「チバ時報」では「謹告」として、ヴイオフオルムが従来の普通薬より劇薬に指定されたので取扱い上御留意願う旨の掲記もなされるに至つている。そしてその後の同指定解除についても、右動物実験等からするとその当否に疑いがあるうえ、同指定解除及び局方収載(第五改正の一部改正)の経緯も、医薬品としての広い有用性が肯定された結果とみられるより、むしろ当時の軍需及び国産品の奨励といつた特殊な理由によるものとみられるのである。そしてなお、<証拠略>によると、キノホルムはその後昭和二六年三月一日第六改正日本薬局方に引続き収載されているが、昭和二三年一一月第六改正日本薬局方調査会幹事会では、一旦局方削除品目に決定されていたのが、昭和二五年三月局方収載と決定されるに至つたものであることがうかがわれる。

このような経緯は、事柄の性質上、当時の厚生省当局としても容易に知り得たこととみられるが、特に劇薬指定の事実については、キノホルム剤の製造等許可・承認に当つて特に慎重であるべき事情とみなければならない。

(3) 吸収可能性―外用から内用へ

キノホルムが前記のとおりそれ自体強い毒性を有して人体に危険を及ぼす可能性も予想されなくもないとすると、それを内用薬とするに当つては、特に胃腸管から体内への吸収の可能性について十分検討する必要のあることはいうまでもない。このことは前掲等我国の当時の薬学・薬理学等の文献でも当然のごとく指摘されているところである。

ところで、前記のとおりキノホルムは当初外用消毒薬として開発され、ヨードホルムより強い効果があるとし、これに代るものとして用いられて来たものであるが、昭和八年ころからデーヴイツドらによつて特にアメーバ赤痢に有効であるとしてこれに対する内容治療薬としても臨床的に用いられるようになつたものである。

ところが、右内用に当つてのキノホルムの体内への吸収可能性については、これが全く吸収されないか、ほとんど吸収されないとする、まさに幻想ともみられるような誤解のあつたことがうかがわれ、この点につき、<証拠略>によると、一九六八年(昭和四三年)ランセツト誌上注釈では、キノホルムの毒性がないという確信は「服用されたものの大部分はおそらく吸収されることなく、腸管を通過するであろうという示唆によつて間接的に支持されていた」として、この間の経緯を明らかにしている。この点はさらに、<証拠略>によると、我国においても、昭和四〇年第七改正日本薬局方註解第一部(南江堂)では、キノホルムは「内用ではほとんど吸収されず排泄されると思われる」とされ、昭和三六年第七改正日本薬局方第一部解説書(広川書店)では、「内服された大部分は吸収されることなく、腸管を通過するものとみなされている」とされ、そしてなお、昭和三一年当時本件キノホルム剤の製造許可審査に関与した厚生省薬務局製薬課長水野達夫も、同許可の理由として、キノホルムは体内に吸収されないとされていることを考慮したものとされている。なおまた、<証拠略>によると、昭和九年チバ時報では、ごく小部分(但し原文はいくらか)が吸収される、とされている。

しかし、この点は、吸収に関する文献・報告等の調査を多少とも慎重に行なえばキノホルムの人体への危険を予想させる程度の吸収の可能性は推知し得たものとみられるのである。つまり、まず前掲副作用等文献・報告三6掲記のものは、いずれもごく小部分ではなくて、ある程度の体内吸収の危険を示唆するものであるうえ、前掲その他の副作用報告、動物実験の多くも、元来吸収を前提とするものとみなければならないのであつて、特に前掲一九三四年(昭和九年)アンダーソン、リードらの抗アメーバ剤の副作用についての報告では、「ヴイオフオルムも明らかに本患者の胃内に存する過剰の酸で、可溶性の塩酸塩を形成し、この結果、より有害な化合物が、より多量に吸収されることになる」として、この関係を明らかにし、また、前掲一九四五年(昭和二〇年)のシルバーマン、レズリーのジヨードキンによる副作用の症例報告の際も、「この例で興味があつたのは一般にわずかに吸収されるか、または全く吸収されないと考えられている製剤からのあきらかに高率のヨウ素の吸収と遅い排泄による停滞であつた」として、右(特にヨウ素の)吸収が薬剤中毒の強い前提となつているとし、そしてまた、我国でも前掲昭和一六年高瀬豊吉「化学構造と生理作用」では、前記(第五、三6)のパルムの報告が紹介され、パルムはジヨードオキシキノリンの体内における運命を研究し、「本品ハ容易ニ腸ヨリ吸収サレ」主に硫酸及びグルクロン酸と抱合して尿に排泄され、ただその少量のみが器官に残ると云う、とされている。なお<証拠略>では、昭和四一年に至ると、ランセツト誌上においてベルグレン、ハンソンは「人に経口投与されたジヨードキンないしエンテロ・ヴイオフオルムの硫酸抱合体やグルクロン酸抱合体の尿中排泄が見られた」として、右薬剤の胃腸管からの吸収と、これによる重い副作用発現の危険をきわめて明らかにしている。これらからすると、昭和三一年当時においても、厚生省当局は、キノホルムの体内への相当程度の吸収可能性につき、これによるキノホルム剤の内用医薬品としての安全性に特段の配慮を要すべき程度に予測できたものといわなければならない。

なお、<証拠略>によると、本件キノホルム剤の製造許可・承認においては、エマホルムについてはその成分中にCMC(ソジウムカルボキシメチルセルローズ)が、またエンテロ・ヴイオフオルムについてはその成分中にサパミンが各配伍されているが、これら添加剤CMC、サパミンは、ほぼいずれも、キノホルムの水分との混和力を増し、これを乳化して腸管の表面に広く拡散分布させ、よつてキノホルムの作用を確実にするものとされているが(もつとも、サパミンにはそれ自体毒性のあることが一九三九年―昭和一四年―アレマンらの実験によつて明らかにされており、この添加による薬剤の安全性についてはこれら毒性の相乗、相加作用の危険も十分検討すべきこととなる)、右分散、溶解、濃度などで、キノホルムの吸収を強める危険も予想されなくもなく、なお吸収について一層の調査、検討を必要とすることとなる事情といえよう。

(4) グラヴイツツ、バロスの報告の重要性

グラヴイツツ、バロスの報告は前掲第五、三―(一)(二)記載のとおりであるが、このヴイオフオルム投与による症例報告はきわめて重要である。まずグラヴイツツは、その観察したアメーバ症の患者一五三例のうちいくつかの症例では、スモン特有の腹部症状を思わせるような激しい胃、腸の発作を観察しているうえ、さらに一例では、下肢麻痺等の重い神経症状の発現を見たとし、グラヴイツツはこれにつき、他の原因による偶然の一致であろうとはしているものの、結局は、ヴイオフオルムは完全に安全なものではないとしており、次いで、その後のバロスの報告であるが、ラ・セマナ・メデイカ誌の記載により、右ヴイオフオルム投与後の症状経過をみると、まさに本件スモン症状の定型的な発症及び経過のパターンを見るごとくであり、この重篤かつ不可逆的な神経症状の発現が、なんら他原因も見出しがたいことなどからヴイオフオルムの投与に起因するとみられることも明らかにされ、その使用、用量については厳重な注意が必要であることも指摘されている。右バロスの報告はグラヴイツツの症例報告の再検討によつてなされたものであるが、重・軽症例を併わせるとヴイオフオルム服用者一五三例中二症例に神経障害の発生がみられたもので、発生頻度も決して低いともいえない。なお、バロスは右報告で、グラヴイツツが他原因に帰せしめていることなどに対し、次のように述べている点が注目される。すなわち、「私は最少限度においても職業上の同僚の活動に干渉することを欲するものではなく、」「個人的問題に興味はないが、さりとて必要とあらばそれを避けるものではない。しかしながら、人が重要なのではなく、事実が重要なのであり、その事実は一般大衆にとつて恐るべき結果をもたらすものである。もしそれが単なる間違いのことだけなら、私は何も言わない。」「しかしながら、適切な実験・検査による支持を得ることなく、論理に反し、適切な観察の結果に反し、また当該テーマを研究するという労をとつた権威ある研究者の資料に反し、それでいながら“足に何らかの障害がみられたら知らせなさい”―悲しいことだがこれは実際起こつている―という指示だけでそのような薬の処方を続けるとき、それは最早単なる間違いではない。誠意をもつて実行された研究の問題でもなく、悪責任の問題なのである。」「人を科学の名のもとに、あらゆるタイプの薬物学的操作に供することは許されることではないのである。私が声を大にして言うのはそのためであり、私の言葉の激しさを容赦して欲しい。それは医師の職業の尊厳と住民の健康を守る言葉であるから。」と結んでいる。右バロスの論調はかなり激しいものであるが、三一才の英国女性の重篤な症例に直面してのやむない言葉とみられ、誠にすぐれた観察報告というべく、グラヴイツツの報告と相まつて、キノホルム剤の安全性の判断につき、これらの報告を看過することは許されないものといえよう。

なお右各報告を掲載したラ・セマナ・メデイカ誌はアルゼンチンの医学雑誌であるが、前記のとおり昭和一二年にすでに東北帝国大学医科分院に収納されているほか、証人高野哲夫の証言によると当時我国においてさらに入手することも困難ではなかつたとみられ、そしてなお、<証拠略>によると、昭和九年チバ時報六二号(日本語版)では、臨床小治験として「アメーバ赤痢に対する「ヴイオフオルム」の応用」と題するブツセ・グラヴイツツの報告が掲載されておるうえ、<証拠略>によると、我国における「日本伝染病学会雑誌第一〇巻」(右ラ・セマナ・メデイカ誌の発刊された同じ年の昭和一〇年一〇月より昭和一一年九月まで)三八頁では、南洋庁医院医官岡谷昇がアメーバ赤痢などに対する臨床実験報告中で、ブツセ・グラヴイツツが、一九三四年一七五名のアメーバ赤痢患者にヴイオフオルム〇・五gを毎日三回分服せしめ三〇日間継続投与したことを紹介し(文献は異なる)、また、<証拠略>によると、「台湾医学会雑誌三三巻一二号」(昭和九年)中の台湾総督府台南医院内科赤司和嘉の「アメーバ赤痢のヴイオフオルム療法」と題する論稿中でも、ヴイオフオルムをアルゼンチンのグラヴイツツが追試したと述べていること、その他、バロスは前記のとおり右症例を間もなく製薬会社に伝達し、スイス・チバ社にも伝達されているとみられることなどからして、厚生省当局としても、所要の調査をすれば右掲載雑誌を入手するなどして昭和三一年当時右各報告を十分知り得たものと推知される。

(5) デーヴイツド警告について

デーヴイツドは、前記のとおり一九四五年(昭和二〇年)、キノホルム等の殺アメーバ剤について、これらの薬剤がもともと毒性を有し、予期せぬ副作用を生ぜしめることがあるとして、治療期間の制限、非アメーバ性下痢の治療に経験的に使用すべきではないなどの警告を行ない、キノホルムの危険性を強く訴えている。

ところで、<証拠略>その他前掲多くの文献・報告等によると、デーヴイツドは、キノホルムをアメーバ症の治療のため内服薬として臨床的に応用開発した重要な存在の一人であり、当時米国オレゴン州ポートランド大学医学部薬理学教授の地位にあつて、キノホルムに関し有力な発言をなし得る立場にあつたものであり、自らの長年の実験研究のほか、昭和二〇年八月の前掲シルバーマン、レズリーらの副作用報告を見て右警告に至つたものであつて、これが単にアメーバ症の治療上の特殊性からのものでないことはもとよりで、その警告の意義はきわめて大きいものといわなければならない。

デーヴイツドは、前掲文献・報告等でも明らかなとおり、つとにキノホルムの副作用については留意し、この意味で、昭和八年アメーバ症治療にキノホルムの内用を始めて以来、しばしばその用法・用量について注意を喚起して来ているのであり、我国においても後述するとおり、デーヴイツドの存在はキノホルムに関し古くから著名であり、我国の多くの文献においてデーヴイツドの使用方法が紹介され、これに従うべきことが明らかにされているのであつて、これを知ることもきわめて容易であつたといわなければならない。キノホルム及びキノホルム剤の内用に関する限り、デーヴイツドの報告は重要であり、キノホルムの安全性を考慮するうえで、特に前掲警告は欠かせないものであつたといわなければならない。

(6) 我国における文献・報告について

被告らは、キノホルム及びキノホルム剤が我国において戦前から久しく繁用され、かつさしたる副作用報告もなかつた旨主張する。たしかに、<証拠略>によると、昭和八年デーヴイツドらがアメーバ症治療にキノホルム(商品名ヴイオフオルム)の内用をはじめて後間もないころから(それ以前の内服使用報告もあるがほとんど問題にならない程度とみられる)、我国においても、アメーバ赤痢のほかその他の赤痢、腸カタル、結核性下痢などの治療薬としてヴイオフオルムが使用され、繁用はともかく、内服薬としての使用が久しく、かつその間昭和三〇代年以降に至るまでは、前掲副作用文献等に掲記した程度のほか、これという副作用報告もないことは事実である。しかし、後述するとおり、問題は、その使用の実態、特にキノホルムの使用量、使用状況の関係であり、この点を看過して単純に使用実績のみを問題とすることはできないのである。以下これらの関係を我国における主要文献・報告等に従つて検討してみることとする。

前記(第五、三3(二))のとおりデーヴイツドらはすでに昭和八年アメリカ医師会雑誌で、副作用を強く考慮して、アメーバ症へのキノホルムの内服使用法を一日〇・七五gで一〇日間投与、続いて一週間休薬し、その後再び一日〇・七五gで一〇日間投与し、総量で一五gとすることを一つの限界線として示しているところ、我国においても、<1><証拠略>によると、昭和九年「台湾医学会雑誌」三三巻一二号中、赤司和嘉は「アメーバ赤痢のヴイオフオルム療法」と題する報告で、デーヴイツドらの報告を紹介し、その使用法として、ヴイオフオルムは薬用量によつては全然副作用はないが、用量としては、体重一kgにつき〇・〇一gを標準として大人においては一日三回、毎回〇・二五g宛を一〇日間連用後一週間休薬し、再び前同様一〇日間の服薬を反覆せしめ治療完了とするものとされているとしたうえ、著者は日本人の体重からして一日〇・七五gは少し大量に過ぎると思われるが、これはそのままとして、休薬期間を除き連続一五日間(総量一一・二五g)で治療完了として用いた旨述べており、<2><証拠略>によると、「日本伝染病学会雑誌」一〇巻(自昭和一〇年一〇月至昭和一一年九月)では、岡谷昇は「南洋サイパン島に於けるアメーバ赤痢、粘血便を伴う大腸炎、大腸加答児及び幼児腸加答児のヴイオフオルム療法等に就て」と題する報告で、「デーヴイツト氏は、ヴイオフオルムの使用量を体重一kgにつき〇・〇一gとし、大人の平均体重を七五kgと概算して一日〇・七五g」としているが、日本人の場合普通体重一四貫=五三・七kgとするとヴイオフオルムは一日用量〇・五三gとすべきものとしたうえ、アメーバ赤痢患者一〇例につきヴイオフオルム一日〇・一~〇・七五gで六日から一〇日間、総量で一・〇~七・五g使用し、また粘血便を伴う大腸炎患者の三一例につきヴイオフオルム一日〇・一~〇・七五gで二日から一〇日間、総量一・四~七・五g使用し、さらにまた大腸カタル患者の一七例につきヴイオフオルム総量〇・五~四・八gを使用したと述べており、<3><証拠略>によると、昭和一二年「関西医事」三四七号では、鹿児島県衛生課谷口慶二は「鹿児島県下大島郡に於けるアメーバ赤痢にエンテロヴイオフオルムの試用成績」と題する報告で、デーヴイツドの前記使用法を紹介したうえ、アメーバ赤痢患者一六名にエンテロ・ヴイオフオルム一日三錠(キノホルム〇・七五g)を四日~一五日間(キノホルム総量三~一一・二五g)用いたと述べ、<4><証拠略>によると、昭和一三年「診断と治療」二五巻後編では、山中克己は「急性腸炎の下痢に対するヴイオフオルムの収歛作用」と題する報告で、ヴイオフオルム一日〇・六gで七日間投与した症例を報告しており、<5><証拠略>によると、すでに前叙のとおり、昭和二五年「日本臨床結核」誌で、奥津汪は肺結核患者下痢に対するキノホルムの使用として、一日〇・六gとし、副作用を考慮して連続投与は七日以内としたが、重症者でも一〇日以内なら副作用はないと思うとし、その二〇例につき一日〇・六gでほぼ二日ないし一〇日間投与したことを報告しており、<6><証拠略>によると、昭和二七年「臨床内科小児科」七巻一〇号別冊中、中溝保三らは「キノホルムによるアメーバ赤痢及び細菌性赤痢の治療」と題する報告で、アメーバ赤痢患者一八例にキノホルム一日〇・六g一〇日間連用(総量六・〇g)したと述べており、<7><証拠略>によると、昭和二九年「日本温泉気候学会雑誌」一八巻四号中、北原らは、「乳化キノホルムの抗菌作用とその臨床的効果」と題する報告で、三〇例の下痢を主訴とする患者に乳化キノホルム一日六錠(キノホルム〇・六g)を五日以内、ほとんどは二日間の投与をなし、「本剤は服用し易く短期間の投与では何ら副作用も認められなかつた」としている。もつとも<8><証拠略>によると、昭和一三年「東京医事新誌」中の兼田らの「腸チフス永続排菌症のヴイオフオルム療法(其の一)」と題する報告では、大阪市立桃山病院において腸チフス患者二九例に対しヴイオフオルム一日一・〇~一・五gを、大方は八日から二七日間であるが、一例は四二日総量六三g、一例は五九日総量八三・五g、一例は一〇三日総量一二七・五g、その他総量四六・五g、六四・五g等の高用量投与がなされ、しかもいずれも副作用がないとされているような報告もある。しかし、我国の文献・報告中で右のごとき報告はきわめて稀であり、しかも、これについては<証拠略>によると、すでに前叙のとおり、昭和四八年片平らは、その後のカルテ等調査の結果で、右高用量投与者のうち三例についてヴイオフオルム投与後下肢のしびれ感をはじめとするスモン様神経症状を呈したのを見出したとしているのであつて、右報告で示された高用量投与状況の異常さについては、昭和三一年当時においても十分伴別し得たものであつたといわなければならない。なお、右片平らの戦前におけるキノホルムの使用実態報告では、大部分は一日量一・〇g以内で三〇日以内であつたとされている。

ところで、右各文献・報告等からしてみるに、たしかに、昭和三〇年代以前においては、我国でキノホルムの使用によるさしたる副作用報告もないにしても、そのキノホルムの使用の量、期間、状況は、昭和三〇年代以降特にスモンの発生が多くみられるようになつたころのそれと対比してみると、明らかな差異を示しているのであつて、なかんずく戦前においては、使用例数が少なかつたとはいえ、前記デーヴイツドらの示したキノホルム使用上の注意がかなり慎重に受け入れられ、副作用発生の危険を常に考慮して、一日の使用量のみならず、連続投与日数、投与期間、投与総量についても控え目な制限をもうけながら、使用に留意している状況を見ることができるのである。このことは、キノホルムの内用をはじめて未だ年月の浅いということもあろうが、右デーヴイツドらの警告とともに、キノホルムの作用の劇性等その本来的性状の特質を十分認識したことにも基づくものと考えられ、右従前のキノホルムの使用量・使用状況下で副作用がなかつたとすることをもつて、単純にキノホルムの安全性を裏付けようとするごときはとうてい是認できないところである。キノホルムの内用に当つては、その安全性確保のため、特にその使用量・使用方法が重要なのであつて、前掲グラヴイツツの報告した下肢麻痺の症例はデーヴイツドの示した量を越えているのであり、バロスの激しい批難もこの使用量に向けられていたのである。厚生省当局も、昭和三一年当時本件キノホルム剤の製造許可をなすに当り、我国の従前の文献・報告等を少しく調査すれば、右の間の経緯を容易に看取し得たものというべく、後述するごとき一日の使用量、使用期間、使用総量等に格別の限定もしないで、むしろ従前の例をかなりこえる量での使用も差仕えないとするかのような状況での製造許可による危険は、たやすく予想し得たものといわなければならない。

(7) 動物実験

キノホルムに関する動物実験報告では、特にスイス・チバ社の実験報告が、強い神経毒性を現している点で重視され、その他もキノホルムの人体への危険を予測するうえで軽視できない。

ところで、<証拠略>によれば、医薬品の動物実験によつて動物に出現した作用が必ずしも全面的に人にあてはまるものではなく、動物に現れる作用が人に現れない場合もあれば、逆にまた、人に現れても動物には現れない作用もあり、その実験の方法、量、動物の種類などによる影響も強く、動物実験の結果から当該医薬品の人に対する作用のすべてを誤りなく把握することはもとより不可能ではあるが、しかしながら、動物実験が医薬品の人体に対する作用を予測するうえで、きわめて重要な手がかりとしての価値を有することは否定しがたいものであることが認められる。

思うに、動物実験では危険な作用が現れなかつたとしても、人に対し使用する場合はなお厳重な配慮が必要であるとみられる反面、動物実験において多少とも危険な作用が明らかにされた場合には、その危険が無視できる程度のものか、人には現れないことが明らかなような場合でない限り、人への使用を見合わせるか、使用するとしても右危険防止に格段の配慮を必要とすべきものといえる。前掲チバ社の動物実験の結果は急性毒性試験によるものではあるが、かなり危険な態様の症状を示すものであつて、人体への使用に当つては、右発現の可能性につき十分な検討が必要とされるものといわなければならない。

被告国は、動物実験につき既存の関連文献・報告等の調査、研究のほか、必要に応じて申請製薬会社にさらに相当な動物実験を実施させるべきで、なお疑いがあれば、自らも国立衛生試験所など適当な機関に依嘱して所要の動物実験を実施することも考慮すべきものといわざるをえない。

そして、右の場合、昭和三一年当時においてキノホルムの人に対する神経障害を予測させるような動物実験が可能であつたかという点であるが、第一章で説示したところのスモン協班員らによる動物実験の結果によれば、漸増法投与による慢性毒性試験により犬をはじめとして各種の動物に人のスモンに酷似した神経症状の発現が観察されているのみならず、定量法投与による慢性毒性試験によつてもビーグル犬に同様の神経症状の発現をみた実験例も存するところ、<証拠略>によれば、慢性毒性試験自体は古くからあり技術的に困難なものではないうえ、人の副作用を予測するため右のごとき動物実験も前記基準時当時において十分実施可能であつたと認められるのであつて、右基準時当時かかる動物実験を十分尽くすことによつて、キノホルムの人に対する神経障害を予測する資料を得ることも可能であつたとみられる。

(8) その他の副作用報告

前掲副作用文献・報告等のうち、直接神経障害を示さないものでも、例えば前記昭和九年アンダーソン、リードらの報告、またヴアキルの報告中呼吸困難は重篤であり、神経障害との関連も否定しがたく、また類縁化合物についての副作用報告は作用の類似性という面で軽視できないものであり、これらは他の資料と相まつて、キノホルムの重篤な副作用の発現を強く疑わせるものであつて、資料として十分考慮されなければならない。

(三) 結論

以上によれば、厚生大臣は、昭和三一年一月当時、前記各状況下で必要とされる、キノホルム及びその類縁化合物についての関連文献・報告等の調査検討をなし、また、必要に応じ申請製薬会社らに相当の動物実験を実施させるなどしておれば、人がキノホルムあるいはキノホルム剤の服用によつて重篤かつ不可逆的な神経障害を呈する危険のあることにつき、後記安全性確保措置をとることを可能ならしめる程度に、予測することが十分可能であつたものといえる。

2 本件キノホルム剤の製造等許可承認審査の実態

<証拠略>によれば以下の事実が認められる。

(一) 旧薬事法二六条四項によれば、厚生大臣は公定書外医薬品の製造許可をなすには薬事審議会の建議に基づいてしなければならないとされているが、薬事審議会は、実際の取扱の必要、便宜等から昭和二三年一二月、「薬事審議会の公定書外医薬品に関する包括建議」を定め、一定の要件、つまり、

(1) 公定書医薬品を主な有効成分とする製剤で従来これに類するものが存在し効能その他の内容が適当なもの。

(2) 主な有効成分が既往に許可を受けた公定書外医薬品よりなる製剤であつて従来これに類するものが存在し効能その他の内容が適当なもの。

(3) 有効成分が公定書医薬品び既往に許可を受けた公定書外医薬品よりなる製剤であつて従来これに類するものが存在し効能その他の内容が適当なもの。

(4) 薬事法に基いてその内容についての基準が定められているもの。

に該当する医薬品については、個別に薬事審議会の建議を求める必要はなく、厚生大臣は包括建議の範囲内で具体的事案について許可を与えることができるものとされ、実際上は厚生省薬務局限りの審査で決定されることとなつた。そして、旧薬事法二六条四項は昭和二六年の改正により削除され、薬事審議会は、旧薬事法制定当初においては厚生省に対し半ば独立した行政委員会的地位にあつたが、昭和二六年六月一日法律一七四号厚生省設置法等の一部改正で「厚生大臣の諮問に応じて、薬事並びに毒物及び劇物の取締に関する重要事項を調査審議する」いわば厚生大臣の諮問機関となつたが、右包括建議の趣旨は、右改正後も慣行的に、厚生大臣が具体的事案につき薬事審議会又は中央薬事審議会に諮問するか否かの基準としてその後も尊重されることとなつた。

そしてなお、昭和三一年当時の医薬品の製造許可申請取扱いの実際については次のとおりである。つまり、同申請の審査は厚生省薬務局製薬課で行なわれるが、同製薬課では、課長のほか、課長補佐、係長を含む五人の技官、計六人で右審査を担当し、これらはいずれも薬剤師となり得る資格を有する相当の知識・経験のあるものとされ、そして実際の審査では、医学・薬学の専門書のほか、特に局方解説書、許可の前例が参考とされ、申請内容を検討し、まず前記包括建議の趣旨に則り薬事審議会に諮問すべきかどうかを決めることとなるが、諮問すべきかどうかに疑いのある場合は、薬事審議会新医薬品特別部会の調査会(それぞれの専門家で構成)に前もつて資料を配布して審査を依頼し、同調査会の意見により諮問すべきものとされたものは薬事審議会の答申を待つて許否を決することとし、その他は薬務局限りで審査決定することとされていた。なおまた、当時の製薬課長水野達夫の前掲証言(静岡地方裁判所)では、前記包括建議条項中「効能その他の内容が適当なもの」とは、成分、分量、用法、用量のほか毒性、副作用、配合禁忌などの有無についても適当でなければならないという意味だとされている。

(二) そこで次に、本件キノホルム剤の製造許可・承認の実態についてみるに、まず、被告会社らの関係で最も古くは、被告武田が昭和二八年四月二〇日商品名エンテロ・ヴイオフオルム「チバ」でその製造許可申請をしている。同申請内容をみると、その成分・分量又は本質としては、同剤一錠中、

日本薬局方キノホルム 二五〇mg

公定書外サパミン    二五mg

その他日本薬局方小麦澱粉、カオリン、ゼラチンを含有するものとされ、用法用量としては、キノホルムに換算して通常成人一日〇・七五~一・五gとし、細菌性赤痢には場合により一日四・五g(一回六錠一日三回)まで増量してもよいとされ、また総服用量等の関係では、大腸炎につき一〇日間から一五日間(キノホルム一五~二二・五g)内服しとあり、アメーバ赤痢につき、本剤一〇日間内服し、糞便検査陰性となれば八日間の休薬期間をおいた後、再び一〇日間治療を続けるとあるのみで、使用上の限界を示すような記載は全くなく、そしてなお、効能については、右アメーバ赤痢等のほか夏季下痢、醗酵性・腐敗性消化不良、単なる胃腸炎、また腸内異常醗酵等に対する予防などきわめて広範な適応が掲記されている。そしてこれらに対する添付資料としては、鞭虫症に対し有効であつたとする文献・報告の抜粋らしいものが多く添付されている程度で、他に資料はない。

これに対し薬務局製薬課としては、有効成分であるキノホルムが局方に収載されており、また国民医薬品集には類似のキノホルミンが収載されており、さらに前叙のとおりキノホルムは吸収されないとも考えていたことなどから、結局、前記包括建議の趣旨に則り、右局方及び同註解、国民医薬品集解説などを見た程度で、さらに薬事審議会等の意見も求めることなく昭和二八年六月三〇日右製造許可をなすに至つている。

なお、右判断の参考となつた第六改正日本薬局方中キノホルムの関係の記載は、用法用量としては、単に常用量一回〇・二g一日〇・六gとあるのみであり、同註解では、「内用としては腸内異常醗酵、急性腸疾患に腸内殺菌、防腐の目的に使用する。一回〇・二g、一日三回、症状により増加してさし支えない」との記載があり、さらに、第一版国民医薬品集解説(薬事日報社)中キノホルミンの欄では、アメーバ赤痢治療及び腸内殺菌防腐の目的に使用するとし、用法用量につき、キノホルムに換算して一日〇・七六~一・五gとし、アメーバ赤痢には一クール一〇日間行い八日休み、第二クールを行うとあり、なお、毒性として、毒性は「比較的弱く、生体は大量に耐えるが、動物実験では連用により腎細尿管障害や肝臓の脂肪変性等を認めたという」との記載がある。なおちなみに、第五改正日本薬局方の記載をみると、キノホルム欄にはその用法用量に関する記載は全くなく、同解説では、強力な殺菌、防腐作用を有し、急性腸疾患、腸内殺菌、防腐の目的で内服し、内服には一日〇・三~〇・五gとされており、また昭和一六年当時の戦時薬局方中キノホルム欄では、応用として〇・一~〇・二五gを内用すとし、しかも極量一回〇・三g一日一・〇gとされている。

(三) 次に、昭和三〇年一二月一日被告田辺が行なつた商品名「エマホルム」の製造許可申請であるが、同申請書によると、成分・分量又は本質として、同剤一g中、

日本薬局方キノホルム 〇・九g

米国NNR一九五五年版ソジウムカルボキシメチルセルロース 〇・〇九五g

日本薬局方薬用石鹸 〇・〇〇五g

を含有するとされ、用法用量としては、通常大人で、キノホルムに換算して一日〇・六三~〇・九gで、症状により投与量を増加しても支障ない、とされ、適応症としては、細菌性赤痢、疫痢、急・慢性アメーバ赤痢等のほか、神経性下痢、腸内異常醗酵等も含まれるとされ、添付書類としては「エマホルム試験規格」と題する書面がある程度で他に資料が添付された様子がない。

これに対し薬務局製薬課としては、その主な有効成分であるキノホルムが局方収載医薬品であり、また当時同種医薬品である八洲化学株式会社の乳化キノホルム「ヤシマ」が製造許可を受けていることなどから、包括建議の趣旨に則り、右局方、同解説書、右前例などを検討し、薬事審議会に諮問することなく、昭和三一年一月一七日製造許可されるに至つた。昭和三一年一月一七日許可に係る同じく被告田辺申請のエマホルム錠(〇・一g)についても、右許可の状況・内容(用法用量、キノホルムに換算して一日〇・三~〇・六g、症状によつて一日〇・九~一・二gに増量する)はほぼ前同様である。

(四) そしてさらに、被告田辺製造許可申請のエマホルム錠(〇・二五g)(昭和三五年一月八日許可)、エマホルム錠(〇・五g)(昭和三五年三月一二日許可)、及び複合エマホルム(昭和三六年一月三一日許可)、並びに被告チバ製造許可申請のエンテロ・ヴイオフオルム錠「チバ」(昭和三五年一〇月三日許可)、エンテロ・ヴイオフオルム散「チバ」(昭和三五年一〇月三日許可)については、いずれも包括建議に該当するものとして、ほぼ前同様の審査により製造許可がなされた。

(五) 現薬事法施行後、被告チバが輸入承認申請したメキサホルム散「チバ」は、キノホルムのほかエントベツクス末を有効成分として含有していたので、中央薬事審議会の新医薬品調査会の審査に付された。同審査においては、申請者から提出された試験資料が検討されたうえ、エントベツクスに関する資料の追加が求められ、その審査の結果、申請内容のうち、効能及び用法・用量の一部を変更するならば承認してよいとの答申が出されたので、この答申に従い右承認がなされた。

(六) さらにその後、被告チバから製造又は輸入承認申請のあつた強力メキサホルム散「チバ」(昭和三七年一一月二六日承認)、強力メキサホルムA散「チバ」(昭和三八年六月八日承認)、強力メキサホルム錠「チバ」(昭和三九年六月一一日承認)、及びエンテロ・ヴイオフオルムシロツプ(昭和四〇年一一月二五日承認)、並びに被告田辺から製造承認申請のあつたエマホルム錠(〇・〇五g)(昭和三七年七月一〇日承認)、エマホルムP(昭和三八年六月二〇日承認)、エマホルムS(昭和四〇年四月一日承認)については、いずれも中央薬事審議会の諮問を経ないまま、厚生省の担当官限りで、日本薬局方やその解説書あるいは許可・承認の前例などを参考に承認がなされた。

(七) なお、以上により厚生大臣の製造(輸入)許可・承認を与えられた本件キノホルム剤の適応症及び用量は別紙A(二)(事実欄末尾添付)記載のとおりである。

3 厚生大臣が本件キノホルム剤の製造承認等においてとるべき安全性確保措置

(一) 文献・報告等の調査検討の徹底と薬事審議会の審議

本件キノホルム剤は、前記のごとく、その主要有効成分であるキノホルム自身の性状来歴に照らすと、これを内用するには当然、その毒性の程度、態様及び吸収の可能性につき特に慎重な検討が必須的に重視されるものとみられるところ、これらによればさらに、キノホルム剤の服用であるいは何らかの重い副作用を発現する危険も予想されなくもないのであるから、医薬品としての使用を認めるに当つては、製造等許可・承認審査を担当する係員らにおいて自ら所要の文献・報告等の十分な調査検討をなすべきはもとより、右許可等を求める被告製薬会社らに対し関連文献・報告等、特に急性慢性毒性及び吸収に関する動物実験報告、臨床試験報告、副作用に関する文献・報告等の提出の徹底をはかるべきであり、担当係員として右安全性の疑念を十分解明し医薬品としての有用性を肯定し得るに至らない限り、製造等許可・承認をなすべきではなく、また、薬事審議会の審議についても、本件キノホルム剤につき予想される危険性からすると、「効能その他の内容が適当なもの」などとして包括建議に該当するものとの扱いは著しく妥当性を欠き、その安全性の有無、範囲につき、十分薬事審議会の審議をなさしめるべきであつたといえる。当時の薬務局製薬課担当係員らは、その主な有効成分であるキノホルムが、すでに局方に収載されていて、また、本件キノホルム剤について同種前例もあることなどから、これらを調査検討した程度で、包括建議に該当するものとして右審議を経ないまま製造許可をなしたとしているが、右局方の記載自体は、昭和三一年一月当時その安全性に関連するものとしてはわずかに第六改正日本薬局方に常用量の記載がある程度で、キノホルムの内用医薬品としての有用性を肯定する範囲も必ずしも明確でなく、本件許可等申請で求められているような範囲(適応症・用法用量)までの安全性の保証をしているとはたやすくはみられないのであり、そのうえ、キノホルムの局方収載の実状も前記のとおりで、しかも同公定書の記載内容もすでに、前叙のとおり、その後の医学・薬学・薬理学の進歩・変遷、動物実験・臨床試験報告等の堆積などにより再検討、再評価も強く必要とされるものであることのほか、当時のキノホルムの副作用に関する文献・報告の集積、また、CMC、サパミン等配伍による危険の可能性、さらに新たな医薬品としての許可・承認ということで単なる右局方収載をこえて与える影響の大きさ等を考慮に入れると、本件キノホルム剤に関する限り、当時、局方収載、前例ということで、局方、同解説書(第六改正日本薬局方注解、第一版国民医薬品集解説など)、前例等の検討程度に依存して、包括建議といつた安易な取扱いで医薬品としての有用性をたやすく肯定することはとうてい許されないものであつたといわなければならない。

(二) 適応症、用法・用量の限定と副作用の警告等

そこで、これら調査検討を前提とすると、前叙のとおり、厚生大臣は、昭和三一年一月当時、キノホルム剤の服用により重篤かつ不可逆的な副作用の発生する危険の予測も可能であつたとみられ、キノホルム剤の医薬品としての安全性につき、少なくとも合理的な疑いを生じさせるものであつたとみられる以上、厚生大臣として、キノホルム剤の製造輸入許可・承認に当つては、その有用性の判断に格段の慎重を期すべきは当然で、その安全性確保のため、次の措置をとるべきであつたといえる。つまり、

(1) 本件キノホルム剤につき右のごとき危険が予測されるとすると、その製造等許可・承認に当つては、まず、右危険にもかかわらずなお有効な医薬品として十分な必要性を肯定すべき適応疾患があるのか否かが検討されなければならず、かりに許可・承認するとしても適応症は右有用性の肯定される範囲内に限定すべきである。

ところで、前記のとおりキノホルムはアメーバ症の治療のためデーヴイツドらによつて内用開発され、その有効性が肯認されて来たものであるところ、<証拠略>によると、アメーバ赤痢は、原虫の一種、根足虫に属する赤痢アメーバによつて起こる疾患で大腸粘膜に特有の潰瘍をつくり、血便を伴う伝染病で、熱帯および亜熱帯に流行し、日本本土にもしばしば散発的に発生するとされ、症状としては胃部膨満、腹痛、血性下痢等で、一~数週間続き、再発することが多く、なかなか治癒し難く、続発症として肝臓膿瘍をみることもあり、死亡率五~八%で、かなり危険な疾患であることがうかがわれるうえ、これに対する治療薬としては、キノホルムのほか、抗生物質、カルバルゾン、塩酸エメチンなどがあるが、これらはその効用及び強い副作用などで問題があり、右治療薬としてはキノホルムの有効性が強く肯定され、前記副作用の危険にもかかわらず、後記使用上の十分な配意を前提にすれば、その有用性も是認せざるを得なかつたものとみられる。なお腸性末端皮膚炎については本件製造等許可・承認申請で問題になつていないので触れないこととする。

しかしながら、その他の各種の胃腸疾患については、キノホルム剤につき前記危険にもかかわらず、特に有効な医薬品としてその有用性を肯定すべき程の事情は見出しがたい。むしろ<証拠略>によると、前記本件製造等許可・承認申請において適応症とされる各疾患については、キノホルム剤以外にも当時すでに多くの相当医薬品が存在し、その各疾患の症状程度に照らしても、キノホルム剤の前記危険にもかかわらず、その有用性を肯定すべきものとは到底みられないことが明らかである。

(2) そして次に、キノホルム剤を仮にアメーバ赤痢の治療薬に限定してその使用を認めるとしても、その使用に当つては、その用法用量、特に中毒症状の発現に強い関連をもつ、一日の投与量、連続投与日数、投与総量等限界的使用量に格段の注意をなすべきうえ、さらに使用の過程でも、副作用の発生に十分留意しながら、いつでも適切な対処をなし得る態勢で投与すべきものとすることが必要とされるのであつて、このための相当な措置を強く条件とすべきものと考えられる。

前記のとおり、キノホルムはその内用が認められて以来デーヴイツドらの警告を中心に我国でも従前はその使用量に慎重な配慮がなされていたのであり、単に通常の用法用量というにとどまらず、限界的使用量を示すことが重要で、右デーヴイツドの示したところなどからすると、一日〇・六gで一〇日間投与、一週間休薬し、その後再び一〇日間投与といった方法が一応の限界的使用量として考えられるが、できるだけ低量にとどめるべきで、増量には物に厳重な注意を要するものとされるべきである。

そこで、厚生大臣として当時仮にアメーバ症に限り製造等許可・承認をなすとしても、右使用上の注意の十分な履践をはかるべく、キノホルム剤を医師の要指示薬とし、またその使用を特定医療機関に限定し、能書その他当該医薬品の添付文書に右使用上の注意のほか、主要な副作用報告も明記させ、プロパーによる右十分な伝達もさせる等右使用上の注意、警告の周知徹底をはかることなどを条件としてのみ許可承認をなし得べきものであつたというべきである。

(三) 局方収載内容の是正とその他の措置

<証拠略>によると、昭和三一年一月当時の第六改正日本薬局方中キノホルムの欄には、性状、確認試験、純度試験、乾燥減量、灰分、定量法、貯法に関する記載のほか、常用量として一回〇・二g一日〇・六gとの記載があるのみで、他に使用上の注意事項は一切記載されていない。しかしながら、昭和三一年一月当時におけるキノホルム剤の製造許可に当り、前記のごときキノホルム剤の安全性確保措置が要求されるものとみられる以上、厚生大臣として、当時の右局方の記載自体についても、適応症の限定、用法用量の限定(劇薬に指定された場合の極量に準じて)、副作用の警告等使用上の注意事項を掲記して右局方記載内容の是正をはかるべきであり、そのままとすることは、爾後の許可・承認審査に与える影響の多大であることから許されないものといわなければならない。

そしてまた、厚生大臣は、昭和三一年一月当時においてキノホルム剤の製造許可につき前叙のごとき措置をとるべきものとすると、同時期以前にすでに存在した他のキノホルム剤の販売使用につき、また、右時期以降のキノホルム剤製造輸入許可承認についても特に新たな有用性の確証でもない限り、前同様の措置をとるべきであつたといえる。

なお、<証拠略>によると、昭和三一年一月以降のキノホルムに関する副作用報告は、次のとおりである。つまり、

昭和三二年日野友雄「エマホルムの試用経験」(臨床消化器病学五巻三号別冊)

昭和三二年木山ら「細菌性赤痢に対するエマホルムの使用経験」(治療三九巻八号)

昭和三九年L・M・ゴルツ、W・L・アロンら「ヨードクロールハイドロキシキンによるアメーバ症および細菌性赤痢の予防ならびに治療」(アメリカ熱帯医学衛生学雑誌一三巻)

昭和四〇年P・ハンガルトナー「エンテロ・ヴイオフオルム・チバの服用後に犬で認められた神経障害」(シユヴアイツア・アルヒフ・ヒユル・テイールハイルクンデ一〇七巻一号)

昭和四〇年E・ロエシユら「動物実験での5―ニトロ―8―ヒドロキシキノリンによる多発神経病」(アルヒフ・フユル・トキシコロギイ二〇巻)

昭和四〇年B・シヤンツ、B・ビルクシユトレーム「犬におけるオキシキノリン中毒の疑い」(Svensk Veterinä

昭和四一年エル・ベルグレン、オー・ハンソン(腸性末端皮膚炎の治療」(ランセツト一巻)

昭和四一年ジエイムス・E・エサリツヂ二世、G・T・スチユアート「腸性末端皮膚炎の治療について」(ランセツト一巻)

昭和四三年ビルギツタ・ストランドビク、ロルフ・ゼツテルストロム「ブロキシキノリン投与後の黒内障)(ランセツト一巻)

昭和四三年H・ピユシユナー、R・フランクハウザー「白ネズミにおける実験的ヴイオフオルム中毒の神経病理学所見」(シユヴアイツア・アルヒフ・フユア・テイーアハイルクンデ誌三巻一二号)

等であり、これらはまさに集積の一途を辿り、キノホルム剤の販売停止に至るまでその有用性を肯定する余地は全くなかつたことが明らかである。

4 厚生大臣の安全性確保措置の懈怠

厚生大臣は、まず、昭和三一年一月当時の被告田辺申請にかかる本件キノホルム剤(エマホルム、エマホルム錠)の製造許可に当つては、薬務局担当係員らにおいて、キノホルムの性状来歴等からするキノホルム剤の危険に対する用心深い配慮を欠き、医薬品としての安全性につき自ら関連文献・報告等の調査らしい調査をほとんどしないのみか、当時キノホルムの副作用に関しきわめて重要かつ豊富な文献・報告を現に有するか、容易にこれを入手し得る状況にあつた被告製薬会社に対しても、これら一片の資料も提出させることなく、キノホルムの局方収載、またキノホルムはほとんど吸収されないといつた重大な誤解に安易に依存したことにより、本件キノホルム剤の服用によつて重篤かつ不可逆的な副作用を発現する危険を全く予見し得ず、このため、右許可においても、適応症をアメーバ赤痢に限定しないのみか、十分な根拠また差し迫つた必要もないのに神経性下痢、悪性下痢(急性及び慢性)、その他多くの胃腸疾患にも及び、そしてまた用法用量も、当時の第六改正日本薬局方では常用量一日〇・六gとしているのに、エマホルムで通常成人一日量(キノホルム)〇・六三~〇・九gとしたうえ、さらに症状により増加しても支障ないとまでし、またエマホルム錠でも、症状によつて一日量(キノホルム)〇・九~一・二gに増加するとされ、連続使用量、使用総量等の限定は全くなく(これらの点、前掲スモン協の報告でも明らかにされているように、スモン発症に右一日の投与量、投与総量がいかに大きく影響しているかを想起すべきである)、そしてもとより、使用上の注意、副作用の警告等の条件設定も全くないままで、右製造許可に至つているものであつて、厚生大臣の右安全性確保措置の懈怠は明らかなものといえる。

そしてその後の被告田辺、被告チバらの本件キノホルム剤の製造輸入許可・承認についても、ほぼ同様で、いずれもキノホルム剤の安全性についての配慮を著しく欠き、右許可承認における適応症は前掲別紙A(二)(事実欄末尾添付)記載のとおりで、単なる胃腸炎から夏期下痢、消化不良、けいれん性便秘のほか、腸内異常醗酵等の予防にまで及び、ほとんどすべての胃腸疾患を含む状態となり、また、用法用量も、右別紙記載のとおりで、ほとんどの通常用量が一日一gをこえるのみか、さらに症状による増量も認められ、一日三・〇gから四・五gにまで及んでいるというのであつて、前掲バロスの報告に照らすと驚くべき数量であり、しかも、これらになんらの使用上の注意、副作用の警告等も条件とされていないのであつて、厚生大臣の右各製造輸入許可・承認における安全性確保措置の懈怠は明らかなものといえる。

なお、昭和三一年一月以前に存したキノホルム剤の右以降の販売使用、また当時の局方記載内容につき、いずれも昭和三一年一月当時において、それぞれ前叙のごとき措置がとられるべきであつた点についても、右措置がとられず、その安全性確保措置の懈怠を肯認することができる。

第六結論―被告国の過失責任

以上のとおり、厚生大臣には本件キノホルム剤の製造承認等における安全性確保義務の違反があり、これは一面キノホルム剤の服用によつて生ずる危険に対する予見義務及び結果回避義務違反であつて、厚生大臣の違法な職務行為ということもできる。そして、原告らの本件各スモン被害は後記(第三章)のとおり、いずれも右違法な職務行為によつて生じたものと認めることができる。

ところで、すでに前叙のとおり、国家賠償法上国が公務員の違法な職務行為により第三者に損害を与え、その賠償責任を負担すべき場合は、右職務行為の違法がその第三者個人に対しても、義務違反として違法評価を受け得るような場合でなければならないと解されるところ、本件各被害はいずれも、人の生命・身体にかかわる重大なもので、本件のごとき場合は、キノホルム剤を服用する個々の国民も厚生大臣の右製造承認等における安全性確保義務の履行に期待するところが特に甚大であるうえ、またその際、厚生大臣のとるべき規制措置は、右被害発生防止に最も必要かつ的確な手段で、他に適切な措置は期待できないのみならず、一旦右措置を怠ると後の是正はきわめて困難で、かつ影響は多大であり、もとより右規制措置をとること自体は格別困難でなく、そしてさらに、本件結果発生の予見可能性も、医薬品の安全性に対する慎重な配慮があれば比較的容易であつたともみられ、なお前叙のとおり厚生大臣の本件安全性確保措置の懈怠も大きいとみられることなどからすると、厚生大臣の本件キノホルム剤の製造承認等における安全性確保義務違反は、本件キノホルム剤の服用によつて被害を蒙つた個々人に対しても、同義務違反として違法評価を受け得るものというべく、結局、被告国は、厚生大臣の過失による違法な職務行為として、キノホルム剤の服用によつて被害を蒙つた原告ら個人に対しても、右行為と相当因果関係のある範囲内で損害賠償責任を負担するものというべきである。

第七医師及び被告製薬会社らの行為と被告国の責任との関係

一 医師の投薬行為との関係

被告国は、本件スモン被害は、医師が本件キノホルム剤を長期大量に投与したことに原因があり、副作用の問題ではないから、被告国には責任はない旨主張する。

しかしながら、本件キノホルム剤の製造等許可・承認に当つて、適応性、用法用量の限定、使用上の注意、副作用の警告等の条件は、キノホルム剤の重篤かつ不可逆的な副作用に照らし、一部でも医薬品としての有用性を認めて許可・承認をなすうえでは欠かせないことであつたとみられるところ、しかるに、被告国は前記のとおり、右限定等をしないのみか、その現実の使用においては、かなり広範多量な使用も差仕えないものとするかのような内容での許可・承認をなしているのであつて、個々の医師はその範囲内で通常の慎重さにより投与をなせば足るものとみられ、それ以上個々の医師にキノホルム剤の危険を予測しその投与量の限定を期待することは無理であつて、特に右許可承認の予定する範囲を明らかにこえ著しく不当な投与方法がなされたような場合(本件では後記第三章説示のとおりそのような例はない)に、医師の投与行為によつて被告国の責任を否定すべきような場合が考えられなくもないが、多くは責任の競合を生ずることがあり得るにすぎない。

二 被告製薬会社の行為との関係

厚生大臣の医薬品の製造等許可・承認、公定書公布などの権限は、医薬品を利用する国民のために、製薬会社の医薬品の製造販売行為に対する行政監督上の規制として認められたものであり、国が医薬品に起因する被害につき損害賠償責任を負うのは、右規制権限の行使につき課せられた安全性確保義務の違反によるものであつて、直接の加害行為者である製薬会社の製造販売行為に共同加功したことによるものではない。

従つて、国と製薬会社とは、医薬品による被害につき、共同不法行為者の関係に立つものではなく、ただ賠償責任の対象となる損害が、偶々同一であることから、両者の損害賠償債務が不真正連帯の関係に立つものと解されるに過ぎないものということができる。

第二節被告製薬会社らの責任

第一当事者間に争いのない事実 <略>

第二無過失責任の主張について

原告らは、本件における被告製薬会社らの責任について無過失責任を主張しているが、これを肯定すべき実定法上の根拠がなく、右主張は採用できない。

第三過失責任

一 製薬会社の医薬品の製造・輸入・販売に関する注意義務

1 注意義務の根拠

医薬品は、人の生命健康ときわめて密接な関係を有しているものであるうえ、その作用は多面的で、疾病の治療に有効な反面、人体に害作用を及ぼす危険も本質的に内包しているものであり、そしてまた、現代においては、医薬品は大量に流通過程におかれ、多数の国民によつて広く消費されることが予定されているのであつて、安全性を欠いた医薬品による被害は社会全体に及び、きわめて広範かつ深刻なものとなることが予想される。これに加えて、医薬品の消費者である一般の国民は、医学、薬学の専門的知識を持たないため、自ら医薬品の安全性を確認することができず、被害を防止する手段を有しない全く無防備な状態に置かれている。

これらからすると、製薬会社は、医薬品の製造・輸入・販売(以下製造販売という)に当たつては、その時々の最高の学問水準をもつてする医薬品の安全性確保のための強い注意義務を課せられるものといわなければならない。

2 注意義務の具体的内容

(一) 結果予見義務

製薬会社は、その製造販売にかかる医薬品の安全性確保のため、まず、当該医薬品の副作用等人体に対する危険な作用について特に配意すべきで、その時の最高の学問水準による十分な調査研究を尽して危険な作用の予見に努めるべきものといわなければならない。

すなわち、製薬会社は、医薬品の製造販売を開始するに先立ち、当該医薬品ないしその類縁化合物について、医学、薬学、薬理学、その他関連諸科学の分野での文献・報告その他の情報を収集調査し、またその当時の可能な技術水準での動物実験・臨床試験などを行ない、さらに、既に同種の医薬品が製造販売されて臨床上使用に供されているときは、その追跡調査を行なうなどもして、十分な調査研究を行なうべきものといわなければならない。そして、このような調査研究によつて、多少とも危険な副作用の存在が疑われるに至つた場合には、さらにその点に関しより綿密広範な調査研究を行なつて、その副作用の十分な解明に努めるべきもいうまでもない。

そしてまた、製薬会社は、医薬品の製造販売を開始したのちにおいても、引続き臨床使用に関する追跡調査を行なうべきで、このことは医薬品については特に重要であり、製造販売開始後に発表される文献・報告等にも留意し、もし副作用の存在が疑われるに至れば、直ちにその点の十分な調査検討をなして、医薬品の安全性を確認すべきである。

(二) 結果回避義務

製薬会社は、前記のような調査研究の結果、当該医薬品について人体に危険な何らかの副作用の存在を、少なくとも合理的な疑いをもつて予見認識するに至つたときは、右副作用による被害発生を防止するため直ちに適切な措置をとらなければならない。

すなわち、製薬会社としては、製造販売開始前に右副作用を予見したときは、当該医薬品の製造販売を開始しないか、あるいは一部の適応症に医薬品としての有用性を認め製造販売を行なうとしても、その適応症、用法、用量その他につき厳格な制限を設け、また予見される副作用の内容を具体的に明らかにして医師、患者らに認識させるとともに、投薬に際して何らかの副作用の徴候が現れた場合には、早期にこれを発見して投薬中止その他の適切な措置を講ずべきことを指示警告しておくなどの措置をとるべきものといわなければならない。

また、製造販売開始後に右副作用が予見されたときは、直ちに当該医薬品の使用中止を医師、患者らに伝えるとともに、その製品を流通過程から回収するなどその使用避止のための適切な措置をとらなければならない。

なお、個々具体的な場合に、いかなる内容の措置をとるべきかは、その副作用の重篤度、発生頻度、可逆性(副作用症状に対する治療方法の有無)、並びに適応症とされる疾病の種類、治療効果の程度、代用薬の有無などを総合的に検討して、その医薬品としての有用性の程度範囲に応じ決すべきことになる。

3 被告武田の注意義務

原告らは、被告武田は被告チバ製造のキノホルム剤(以下単に被告チバ製品という)の販売者として、製造者と同一の注意義務を負うべきことを主張し、これに対し被告武田は、自己は単に被告チバ製品の中間流通業者に過ぎず医薬品の安全性確保は製造者の領域に属することである旨主張するので、以下検討する。

そこでまず、被告武田のキノホルム剤の製造販売の実態をみるに、<証拠略>を総合すると以下の事実が認められる。

大正一一年被告武田の前身である武田長兵衛商店(以下単に武田商店という)は、スイス・チバ社との間で、チバ社の全製品について我国における総代理店発売元として輸入・拡張・配給全般にわたり相互協力するとの契約を締結した。その後武田商店は、昭和九年からエンテロ・ヴイオフオルムを発売したが、昭和一三年になつて同商店は、スイス・チバ社からヴイオフオルムその他の製品の日本における製造権を譲り受けたうえ、国内の原料を使用して同店の製造工場において、国産品として製造供給することになつた。

また、被告武田は、昭和一九年にラジウム製薬株式会社を吸収合併したが、同社において従前キノホルム剤「ビオメチン」(キノホルムにペクチンを同量配伍した粉末及び錠剤)を製造販売しており、合併後被告武田において同剤について厚生大臣の製造許可を受けたが、実際に同剤の製造販売は行なわなかつた模様である。

戦後、被告武田は、昭和二八年六月三〇日にエンテロ・ヴイオフオルム「チバ」、昭和三一年七月一六日にエンテロ・ヴイオフオルム末「チバ」、昭和三二年六月二七日にエンテロ・ヴイオフオルム散「チバ」についてそれぞれ厚生大臣の製造許可を受けたうえ、スイス・チバ社から右各剤の原末の供給を受けてその打錠、小分けの方法により右各剤の製造販売を行なうようになつた。

また、被告武田は、昭和二八年三月三一日被告チバの前身であるチバ製品株式会社との間で、被告武田が被告チバ製品について日本における一手配給人となることなどを内容とする配給契約を締結し、右契約はその後昭和三三年三月一日に改訂されたが、改訂後の契約においても被告武田は引続き被告チバ製品の一手配給人に指定された。この結果、我国において被告チバ製品は被告武田の手を経てのみ流通過程に置かれることになり、被告武田は被告チバ製品の独占的販売権を持つに至つた。

そして、キノホルム剤に関しては、昭和三六年ころまで被告武田がスイス・チバ社から原末の供給を受けこれを打錠小分けして製造販売していたが、昭和三六年ころ、被告チバが我国内に医薬品の製造工場を設けキノホルム剤の製造を開始したため、被告武田による製造は打切られ、以後被告武田は、被告チバ製造のキノホルム剤の販売に従事するようになつた。

そして、被告武田は被告チバ製造のキノホルム剤の販売に当つて、その能書、包装説明書等に製造者として被告チバの社名を表示するとともに、販売者として自己の社名も表示し、また自社の宣伝誌「武田薬報」を通じて販売促進のための宣伝広告を行なつている。

以上の事実が認められる。

そこで、右事実に徴し考えてみるに、被告武田は本件キノホルム剤を含む被告チバ製品について、被告チバとの前記契約に基づいて同被告との緊密な関係下に独占的な販売者としての地位にあること、しかもキノホルム剤に関する限り販売業に専念する以前は自らも製造を行なつていたものであること、また被告武田は医薬品の製造業を兼ねた我国有数の製薬企業であること、その他叙上諸般の事情に照らすと、被告武田は、本件キノホルム剤の販売に関し、単なる中間流通業者に過ぎないといつたものではなく、本来キノホルム剤の製造者であるものが、偶々右状況で販売のみに従事しているにすぎないとみられ、このような実質、規模、態様、状況での販売をなしている者は、製造者と同視してこれと同じ注意義務を負うものというべきである。

4 国の業務行政と製薬会社の注意義務との関係

前述のとおり、薬事法上、製薬会社は局方外医薬品の製造に当つては厚生大臣の許可・承認を受けなければならず、かつ、厚生大臣は右許可・承認に当つては医薬品の安全性を確保すべき責務を負つているが、これは本来製薬会社がすべて負担すべき医薬品の安全性確保の責務につき、その十全を期するために、国が国民のため別個独自の立場で、行政上医薬品の安全性確保をはかるものとされているのであつて、製薬会社に私法上課せられた注意義務を肩代わりするようなものではないから、従つて、右の如く国の薬務行政上の許可・承認等で医薬品の安全性につき配慮がなされるべきことにより、製薬会社の注意義務がなんら軽減・免除されるものでないことはいうまでもない。

二 本件キノホルム剤製造販売開始時における注意義務とその懈怠

1 注意義務懈怠の判断の基準時

被告製薬会社らの関係で問題となる本件キノホルム剤についての厚生大臣の製造等許可・承認時期のうち最も古いのは昭和三一年一月一七日であり、被告製薬会社らの同キノホルム剤の製造販売開始も右時期以降と推認されるので、ほぼこの時期を基準時として同以降の注意義務懈怠の有無を判断することとする。

2 予見可能性

本件キノホルム剤の危険についての予見可能性は、すでに被告国の関係で詳述したとおりで、被告製薬会社らは、前掲副作用等各文献・報告からしても明らかなとおり、被告国よりはるかに容易に予見可能であつたものとみられる。

特に、前掲バロスの重要な報告は、その後間もなくスイス・チバ社にも伝達され、しかもヴイオフオルム投与量についての警告もなされており、デーヴイツドらの情報はもとより容易にスイス・チバ社の知り得るところであり、そしてまた、スイス・チバ社自身の動物実験報告も動物に重い神経症状の発現をみたもので十分注意すべき報告であり、その他キノホルム及びその類縁化合物の副作用に関する文献・報告はきわめて豊富に存在し、かつ、昭和三一年一月当時、スイス・チバ社に限らず、被告製薬会社らも相互に連携あるいは同種医薬品の関連追跡調査などにより、これら情報を容易に入手知得することができたものと推知されるのであり、なおまた、当時、前叙のとおりさらにキノホルム剤の動物実験を実施してその副作用の危険を確知することも可能であつたとみられるのであつて、これら文献・報告等の調査・検討、また必要な動物実験の実施などによれば、キノホルム及びキノホルム剤について、これらが人に対し重篤かつ不可逆的な神経障害を生ぜしめる危険のあることを容易に予見可能であつたということができる。

3 結果回避義務と同可能性

本件キノホルム剤の危険につき前記のとおり予見可能であるとすると、被告製薬会社らは、同予見された内容に応じ、キノホルム剤の製造販売に当り、その医薬品としての安全性につき特に配意して有用性の判断に十分慎重な考慮をなすべきで、次のような措置をとるべきであつたとみられ、かつもとよりこれが可能であつたといえる。

すなわち、本件キノホルム剤については、その危険にもかかわらずなお医薬品としての有用性が肯定されるような場合でない限り、製造販売をなすべきではないが、前記被告国の関係で述べたとおり、アメーバ赤痢に特に有用性を認めるとしても、その使用には、適応症をアメーバ赤痢に限定するはもとより、使用量、使用期間、使用方法についても厳格な制限を設け、かつあらかじめ、予見される副作用の主なものは医師その他の関係者らに十分伝達、認識させ、また、投薬に当つては、これらの副作用症状の徴候が現れたときは直ちに投薬を中止するなど適切な措置をとり得るよう指示警告を周知徹底しておくべきであり、本件キノホルム剤の製造販売は、右のような措置がとられたうえでのみ、はじめて許されるものというべきである。なお、右措置をとらないですでに製造販売しているものがある場合は以後直ちに右同様の措置がとられるべきである。

そして、かかる措置がとられていたならば、本件原告らのスモン被害を回避しえたことはいうまでもない。

4 被告製薬会社らの注意義務懈怠

被告製薬会社らが右のような結果回避措置をとらなかつたことは、弁論の全趣旨に照らし明らかで、従つて被告製薬会社らには本件キノホルム剤につきその製造販売開始時等の安全性確保の注意義務懈怠があるものといえる。

第四結論―被告製薬会社らの過失責任

以上を総合すると、被告製薬会社らは、本件キノホルム剤の製造販売に当つて、医薬品としての危険につき予見可能であつたのにこれを予見せず、その安全性を確保すべき注意義務を懈怠したため、本件原告らにスモン被害を生ぜしめたものであつて、過失による不法行為として民法七〇九条により、原告らに対しその損害賠償責任を負担すべきものといわなければならない。

第三章損害

第一節損害総論

一  スモンの鑑別診断

<証拠略>を総合すると、スモンの鑑別診断につき、つぎのような事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

1 スモン協は、スモンの臨床診断を統一し、その内容を明確ならしめるため「スモンの臨床診断指針」なるものを設定し、一般に明らかにしている。この指針は一応スモンの病的概念を示すものといえるが、その示された内容は、記載の文言だけでは十分明らかではないのであつて、右設定に至るまでの疫学的経緯のほか、その後のスモン協臨床班の多くの調査研究成果なども含め、その集積によつてその具体的特徴と病像が明確にされ、スモンの概念的区分を画しうるに至つているものとみなければならない。

スモン協の「スモンの臨床診断指針」にそつて、スモンの臨床上の特徴を検討すると、つぎのような内容の理解が可能である。

(一) まず腹部症状(腹痛、下痢など)が先行する。この腹部症状のうちには、(1)、キノホルム剤投与の原因となつた非特異的な腹部症状と、(2)、キノホルム投与によつて惹き起こされた一種の神経症状発現ともみられる前駆腹部症状との両者が含まれる。前者は、キノホルム剤投与のきつかけとなつた赤痢、疫痢、潰瘍性大腸炎、直腸癌、その他単なる腸炎、胃腸炎等種々の通常の胃腸疾患に基づく下痢、腹部不快等を含むが、必ず存在し、スモン発症の基礎的疾患をなしている。後者は、キノホルム投与によつて惹起された腹部症状で、キノホルムにより自律神経系の腹腔神経節、神経叢が侵される結果とされ、多くはイレウス様の激しい腹痛、強い腹部膨満、便秘等の症状を呈するが、その症状はかなり特異的で、急激に経過し、あるいは投薬も奏効せず慢性的に持続することも少なくない。しかし、右のごとき特異的な腹部症状は全スモンの約七〇%に認められるとされ、通常これに続いて下肢のしびれ等の神経症状を呈するが、右腹部症状は右神経症状の発現とほぼ同時またはその後に現われる場合もある。

(二) 神経症状は急性または亜急性に発現し、慢性の経過をとつて徐々に発病することはない。

(三) 神経症状は知覚障害が前景に立つ。運動障害はその後に現われる。

(四) 神経症状は両下肢末端部(足先、足底部)のしびれ感その他の異常知覚にはじまり、両側性に上向する。知覚障害は、いずれも左右対称で下半身ことに下肢末端に強く、その障害レベルは多く股関節部から臍部までに及び、上界不鮮明である。上肢に軽度の知覚障害を生ずることもあるが、比較的少ない。

(五) 知覚障害は他覚的には触覚、痛覚、温度覚等の低下・過敏が種々の組合せで生ずる。触覚低下、痛覚過敏が比較的多い。下肢の深部知覚障害(振動覚等の低下)を強く呈することが多いのは特徴的である。

(六) 知覚障害は、特に異常知覚(ものがついている、しめつけられる、ジンジンする、ピリピリする、その他、かなり特異的)を伴なう。

(七) 運動障害も両側性で、下肢筋力の低下がよくみられ、知覚障害と相まつて歩行困難、不能等を生ずる。上肢にも軽度の運動障害を生ずることがあるが、少ない。

(八) 反射所見としては、多く膝蓋腱反射亢進、アキレス腱反射減弱・消失、腹壁反射消失を呈し、バビンスキー、チヤドツク、ホフマン等の病的反射が陽性を呈する場合も少なくない。

(九) 視力障害は、腹部症状、神経症状に遅れて重症者に発現し、両側性であり、また、視野に中心暗点を生じ、後天的色覚異常を呈することも少なくない。低下視力の矯正は不可能である。

(一〇) 脳症状、精神障害(意識障害等)を呈することもある。

(一一) キノホルム剤服用の関連を示すものとして、緑色舌苔、緑便、緑尿を伴うことがある。

(一二) 膀胱・直腸障害(小便、大便の排泄困難、また失禁、頻尿、たれ流し等)を生ずることがある。

(一三) 症状の経過はおおむね遷延し、再燃することがある。知覚障害は治癒傾向が少ない。

(一四) 血液像、髄液所見に著明な変化がない。これらは、ギラン・バレー症候群の髄液所見には蛋白細胞解離が見られるなど類似他疾患との鑑別に役立つ。

(一五) 小児には稀である。

2 スモンの鑑別診断においては、まず右臨床的特徴に照らした判別をなすべきこととなるが、右臨床症状の中には、スモン協の「臨床診断指針」の中でも明らかにされているように、いわゆる必発症状とされるものと、参考条項とされるものがあるので、この区分を重視すべきは勿論、さらに、スモンは病因論的にはキノホルム中毒症とみられることから、その鑑別で、当然キノホルム投与の状況及び関連を必須的に考慮すべきこととなるのもいうまでもない。キノホルム投与の関係では、キノホルムの一日の投与量、神経症状発現(キノホルム投与に起因するとみられる前駆腹部症状のある場合はその発現)までの投与期間、投与量、発症後の投与の状況(時期、量)等が問題となるが、疫学的には、特に一日の投与量(ほぼ〇・四四から〇・五gが最低)と神経症状発現前後の投与総量がスモンの発症・進展と強い相関関係があるとされる。神経症状発現までのキノホルム投与期間、投与量はどの範囲までなら絶対発病しないとする線を画することは困難で、患者の個体差によりかなり少量、短期間でも初発の神経症状が現われることもないとはいえない。ただこのような場合は、その後のキノホルム投与の状況、症状の経過、類似他疾患の存在等に十分配意すべきこととなる。キノホルム投与量とスモン発症との関係は、通例一日一~二gで二~三週間以内程度の発症が多いとされ、キノホルム投与総量おおむね六〇g以下の範囲内では量と反応の相関もかなり明らかとされるが、この関係は数量的に十分明確でない面もないとはいえない。しかし、これは、スモン発症におけるキノホルム以外の個体的要因等の関与の大きさを考慮に入れると十分首肯しうるところであつて、つまり、スモン発症には、後述する患者の背景的基礎疾患や既往症(腹部手術など)による影響を受け、また、キノホルム投与後の生体内におけるその吸収、代謝、抱合(解毒)、分布、滞留、感受性等に関する機能上器質上の個体差によつて影響を受けることが大きいのであつて、キノホルム投与量によつて単純にスモン発症の有無及びその症状の程度を推断することはできないからである。

3 つぎに、スモンの鑑別診断上考慮すべきこととしては、スモン発症時の既往症及び基礎疾患の影響、関連のほか、類似他疾患との除外鑑別ということである。これらはスモンの鑑別診断上当然その診断の過程において問題とされてくることであつて、スモン協の「臨床診断指針」の中では特にそのことが明記されていないが、右のことを否定する趣旨でないことはいうまでもない。

患者はスモン症状発現前、キノホルム剤投与の原因となつた胃腸疾患のほか、種々の基礎的疾患を有する場合が多く、またスモン症状発現とほぼ併行してもしくはその後に他疾患を併発合併(キノホルムは糖尿病の惹起作用があるとされる点注意を要する)する場合も少なくない。そしてこれら他疾患のうちその症状がスモン症状と類似するものがある場合には、他疾患との識別に困難を生じ、それとの鑑別には十分留意すべきこととなるのはいうまでもない。スモンの基礎疾患としては、胃腸疾患のほか、結核、腎炎、肝炎、糖尿病、悪性腫瘍などの慢性的疾患またアレルギー性疾患を有した例が多いとされ、このうち、たとえば結核についてはその療養中抗結核剤(ストレプトマイシン、カナマイシン、エタンブトール、アイナ等)の投与を受けて抗結核剤ニユーロパチーを生じ、その神経症状を呈する場合もあり、また糖尿病では糖尿病性ニユーロパチーを、さらに悪性腫瘍ではその病状の進展に伴い癌性ニユーロパチーを生じ、その各神経症状を呈する場合もあり、これらとの鑑別をそれぞれ検討する必要を生じて来る。

たしかに、スモンの鑑別診断は、その臨床的特徴を主体とするもので、剖検にでも至らない限り生存中はスモンであることを確定する決定的検査方法があるわけではなく、また、スモンにおける臨床的特徴としての各種の神経症状等も、少なくとも部分的には同一もしくはかなりの面で類似する症状を呈する多くの他疾患のあることも否定できない。類似疾患として特に問題とされるものを挙示すると、多発性硬化症、デビツク病、ペラグラ、ギラン・バレー症候群、癌性ニユーロパチー、悪性貧血による神経障害(亜急性連合性脊髄変性症)、抗結核剤によるニユーロパチー、急性間歇性ポルフイリン症、糖尿病性ニユーロパチー、有機燐剤(TOCP)によるニユーロパチー等種々である。しかし、これら類似疾患と称せられるものも、すでにわが国においては古くから疾病論的にその特質が慎重に検討されて来ているのであつて、患者の年令、既往歴、発病の様式、経過のパターン、全身症状、内科的・神経科的臨床及び検査所見、血液像、髄液所見、中毒性物質の投与の時期、量、中止の時期、その後の経過等からして、実際上真に類似性の問題とされる疾患はかなり限られるものとみられるうえ、一方、スモンの病像は、その部分的症状の態様・経過だけでなく、キノホルム投与の状況からこれに続く症状の進展・経過を各検査所見等を通じ客観的かつ全体的に観察するとき、他の既知疾患のいずれとも異なるかなり特異な臨床特徴をもつものとされていて、その症状のパターンからして他の類似疾患との鑑別も必ずしも困難ではないとされる。鑑別上特に問題となるのは、神経症状の発現が下肢末端部にとどまつている等のきわめて軽症の場合か、経過的に類似する他疾患の同時発症を十分考えなければならないような状況にある等のかなり限られた場合であつて、それ以外の場合は、特にキノホルム投与の状況を十分加味すれば、少なくともスモンの臨床診断に多くの経験を有する専門医であれば、むしろその鑑別はその臨床的特徴に照らし容易でさえあると認められるのである。後記各原告らんで認定する事案につき、被告チバ、武田、田辺らはスモン鑑別につき個別にきわめて種々の主張をなしているが(<証拠略>)、これらの多くは、キノホルム投与に引続くスモン発症とその後の経過を全体的に観察しないで、部分的または一過的症状をのみ把えて問題とするものであつて、スモン鑑別の正しい理解にそわないものである。

二  スモン被害の実体と特質 <略>

三  原告らの一律包括請求について

原告らは本訴で、その損害につき、原告らの被つた肉体的、精神的、経済的、家庭的、社会的被害のすべてを、人間生活における「総体としての損害」として把え、慰藉料という形で、いわゆる一律包括請求している。

右のごとき請求は、従来の個別積算による損害額算定の方式からすると、その算定の根拠があいまいで、恣意的になる危険もあるとの非難が考えられる。しかし、従来の個別積算方式も損害額算定の一法的技術にすぎず、一見客観的かつ合理的であるかに見えて、これも現に行なわれている慰藉料の補完的作用を考慮に入れると、結局はこれにより右個別積算で満たされない損害を補つて、総額としての損害額の社会的妥当性を計つているものとみられるのであつて、元来人間の受ける被害は物心各種多方面に亘り、特に本件スモン被害のごときは人間生活の各面で直ちには経済的損失に結びつかない点も多いのであるから、右慰藉料の機能を拡大したものとみれば、一応の個別積算による試算も前提に、これらすべての被害を個別に細分しないで慰藉料という形で包括し、その程度に応じ社会観念上妥当な範囲内で損害額をある程度区分定額化して算出すべきものとすることも、十分合理的で、法律上許されていいものと解され、このような意味で一律包括請求もこれを否定すべき理由はない。特に本件スモン事件のごとき類似被害の多発している事案においては、右のごとき請求をなす必要があるのみか、むしろ、このような方法での損害額の算定には、公平で、実体にも即しているなどで、より合理性が認められるものともいえる。

四  損害額算定の基準

本件損害としては、原告ら各患者の、その症状の程度、発症からその後の経過、入通院の状況、本件発症前後の家族、生活、職業・収入の状況、年令、その他本件スモン被害の特質等諸般の事情を総合勘案して、本件口頭弁論終結時における原告らの被つた経済的、精神的全損害を包括して慰藉料(後記弁護士費用を除く)という形で算定すべきものとし、その具体的算定基準としては、原告ら各患者の本件症状の程度(症度)を中心にその年令、生活状況等に照らし、おおむねつぎのような方法で算定するのを相当とし、これを基に本件損害額を定めることとした。

1 本件症度は、まず、I(軽症)、II(中症)、III(重症)の三つに分類し、ついてこれらそれぞれをさらにその症状の程度(重さ)に応じ、<1>ないし<3>に分類する。右症度区分の判別は、原告ら各患者の本件発症後の特に専門医による他覚的検査所見を重視し、これらに自覚的症状を加味し、さらに既往諸疾患の影響の有無、程度、合併諸疾患の状況、関連等も十分考慮に加えて、具体的には、スモンによる(一)、知覚障害(知覚異常、鈍麻、過敏等)の態様、範囲(レベル)、程度、(二)、運動障害(起立・歩行困難、不能等)の部位、態様、程度、(三)、視力障害(視野障害、色覚異常等も含む)の有無、程度、(四)、膀胱直腸障害の有無、程度、その他のスモン症状の状況等を総合的に考慮してなすべきものとする。

2 症度区分に応じた基準金額はつきのとおりとする。但し基準金額によることが特に妥当でない場合はその増減を考慮する。

┌<1>   六〇〇万円

症度I │<2>   八〇〇万円

└<3> 一、〇〇〇万円

┌<1> 一、三〇〇万円

症度II │<2> 一、五〇〇万円

└<3> 一、七〇〇万円

┌<1> 二、〇〇〇万円

症度III │<2> 二、五〇〇万円

└<3> 三、〇〇〇万円

3 年令加算

本件発症時(神経症状発現時をいう、前駆腹部症状を含まない、以下同じ)六〇才未満の者は、二〇才を超え六〇才に達するまでの年数に応じ、右2の基準金額に年一%の割合で加算する。

4 一家の支柱、主婦等加算

本件発症後六〇才に達するまでの間(二〇才を超える分)につき、本件発症前における就労(育児、家事労働も含む)状況及び予想就労可能状況(一家の支柱、共働き、主婦、他疾患での入院中等)からする本件発症後の同阻害の程度及び期間に応じ、右2の基準金額に対し、ほぼ年二%以下の範囲内で加算する。

5 介護費用加算

症度IIIの<2>、<3>につき、その介護を必要とする程度、期間に応じ、右2の基準金額に対し年一・五%以下の範囲内で加算を考慮する。

五  弁護士費用

弁護士費用については、本件各認定の諸般の事情に照らし、そのうち、右四で算出した各総損害額に対するいずれもほぼ七・五%の範囲内で本件損害と認めるのを相当とする。

六  遅延損害金の起算日

原告らは、その請求する本件各損害金に対する遅延損害金の起算日について、いずれも原告ら各患者の神経症状発現の日またはその直後ころの日を、ほぼ不法行為時として、同日から起算すべきものとしてこれを請求している。

しかしながら、原告らの弁論の全趣旨に徴すると、原告らが請求する各慰藉料額は、その算定の事情として主張するところからして、右神経症状発現後の症状の推移、神経症状発現後のキノホルム剤の服用及びこれによる症状の増悪等のほか、日時の経過に応ずる社会的・経済的変遷また被害回復の遅延等の諸事情をも含め現時点での額を算出しているようにみられるのみならず、元来、本件のごときスモン被害においては、その神経症状発現後もその症状の経過に長期存続・変遷・多様化がみられるうえ、その損害額の算定にも前記のとおり慰藉料という形で一切の被害を包括的に算出すべきものとするような場合には、右日時の経過に伴う諸事情をもすべて含めて、最も新しい時点での総体としての損害を算定すべきものとするのが相当と考えられ、このようなことから、本件の場合は、原告らの請求する遅延損害金の起算日は、本件各損害金算定の基準日である口頭弁論終結日(昭和五三年四月二八日)とするのを相当とし、それより前の分は認めないこととした。

第二節  損害各論

証人大村一郎の各証言、弁論の全趣旨及び以下各原告らの「1証拠」欄記載の各証拠(但し各掲記の丙、戊号証はいずれも各個号証である)を総合すると、原告ら(罹患被相続人も含む)それぞれにつき、後記各原告欄記載のとおり、いずれもキノホルム剤服用によるスモン発症の個別的因果関係及び各関係被告らの責任の存在ならびに各損害の発生及び額を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

一ないし二五 <略>

二六 原告 石田紀子について

1  証拠 <略>

2  キノホルム剤投与及び服用の状況

(一) (国立呉病院)

昭和四二年七月二一日より昭和四三年一月三日までの間、エンテロ・ヴイオフオルム一日二・〇g(キノホルム一・二五g)、計九八日間一九六g(キノホルム一二二・五g)。右は国立呉病院の病状記録のほか同診療録によつて認められる。

(二) (西岡医院)

なお、右のほか、<証拠略>を総合すると、昭和四一年七月ころから昭和四二年三月までの間右西岡医院で、量、回数、種別等は不明であるが、キノホルム剤の投与を受けている事実を推知することができる。

3  スモン発症とその経過

(一) 昭和四一年七月ころ、腹がはり、また下痢があつて近所の西岡病院に通院をはじめ、その後右キノホルム剤の投与を受ける。

右一週間ぐらい通院後、虫垂炎ということで同年七月二二日呉記念病院で同手術を受ける。

右退院後、なお下痢、便秘、腹痛等があり、ときどき西岡医院に通院し、同治療を受ける。

昭和四二年二月ころから足が変な感じになる。同年三月ころ、足がじんじんし、しびれは足先程ひどい。

同年四月四日国立呉病院初診以後は、両下肢しびれ感ほぼ持続し、「足蹠から先の方がちかちかする。足蹠に違和感がある、じりじりする。足蹠のべつたりした感じ」などの異常知覚、また両足先の知覚低下があり、腹痛、下痢もときどき続き、その間、とくに同年七月二一日に下痢が多く同日から昭和四三年一月三日まで同病院で前記のとおりキノホルム剤の投与を受ける。

(二) 昭和四九年一月二六日現在の原告の症状についての国立呉病院での所見では、病名スモンとしたうえ、「下肢振動覚低下、PSR、ASRやや低下、脛中央以下の感じがおかしい、足底前半の異常知覚(++)」とされている。

4  現在の症状

(一) 両側臍部以下の触痛覚低下(自覚的には膝から下のしびれ感が強い)

(二) 両下肢振動覚低下(左右とも三秒)

(三) 両側下肢筋力低下(軽度、左右ともマイナス1)

(四) 両側膝蓋腱、アキレス腱反射軽度亢進

(五) 視力左右とも一・〇で現在視力障害なし(もつとも、経過的には昭和四二年七月七日ころから昭和四三年五月二〇日ころまで、眼がかすむ、ぼつとするなどの症状があり、前記昭和四九年一月の所見では視野やや狭窄とされている)。

(六) 独歩可能、三〇〇メートルくらいは休まずに歩ける。階段の昇降がやや困難。

5  スモン鑑別等の問題点

(一) 本件は、西岡医院における投薬証明及び診療録が得られないため(西岡医院、呉記念病院とも診療録すでに存在しない)、同医院におけるキノホルム剤投与の状況が十分明らかとならないが、前掲各証拠を総合すると前記のとおり同投与の事実を推知しうるのであり、さらにその後の国立呉病院におけるキノホルム剤投与の状況と合わせて、前記腹部症状、神経症状各発現の態様、経過、また現症等に照らすと原告がキノホルムに起因するスモン病に罹患したものである事実を十分肯認することができるのである。とくに、原告には本件スモン発症前本件のごとき神経症状の発現を予想せしめるような既往症は全く存在しないのはもとより、原告が下痢等の腹部症状の持続のうえ下肢のしびれ等特異な神経症状の発現に驚き、昭和四二年四月四日国立呉病院を訪れて診療を受けた際も、糖、蛋白その他の諸検査を受けてなお他になんらの右神経症状の発現等を思わせる疾患の存在を見出し得なかつたこともあつて、当時においてすでにスモンという診断がなされるに至つているのであり、爾来その病名が続き、しかも、現症においても、他に問題とすべき類似疾患も存在しない状態で(もつとも、右病院における昭和四三年三月一四日の検尿検査では糖(+)の結果が出ており、症状の程度について考慮に含める必要があるが、これがキノホルム投与と無関係であるとみることもできない、)前記のとおり、他覚的所見において、全く左右対象の知覚異常、膝・アキレス腱反射亢進、下肢振動覚低下、筋力低下等の症状を示しているのであつてこれらと原告本人の陳述書等で述べるところとを合わせ考量すると、前記スモンの鑑別を十分根拠づけることができるものといえる。

(二) つぎに、本件では、被告チバ、同武田の関係のキノホルム剤、つまりエンテロ・ヴイオフオルムの投与がが明確となつたのは昭和四二年七月二一日からであることから、同被告らは、右投与後の症状の増悪が証拠上認められない以上、同被告らには責任はないと主張する。なるほど、当時の診療録(昭和四二年四月四日より昭和四三年一二月二三日まで)にはとくに右投与後の症状悪化を示す明確な記載がない。しかし、右診療録に示された内容は原告の時偶の通院時における症状の一部を明らかにするにすぎないものであつて、むしろ、右診療録に現われた異常知覚等の存続、内容のほか、右エンテロ・ヴイオフオルム投与の期間、量、また、その後の現症までの経過等を原告本人の述べるところと合わせ総合すると、右キノホルム剤投与による原告のスモン症状進展(知覚障害レベルの上向等)また固定への寄与の蓋然性を否定することはできないのであつて、前記現症記載のごとき症状は、右キノホルム剤投与も相まつて形成されるに至つたものと推知することができる。ただ被告チバ、同武田については、右エンテロ・ヴイオフオルム投与によつて生じたとみられる範囲内の損害についてのみ相当因果関係あるものとして被告国と連帯(不真正)して責任を負うべきものというべく、その責任の範囲は前記症状の経過等に照らし全損害の五割と認めるのが相当である。

6  原告の家族、生活状況等

原告は発症時二六才、現在三七才の主婦であるが、高校卒業後国鉄労働組合の事務員として勤め、二二才で会社員の夫と結婚し、昭和四〇年二月長男勝紀を出生し、その後も共働きとして稼働中、昭和四一年七月ころからの前記腹部症状についで昭和四二年二、三月ころ下肢のしびれ等神経症状を発現し、西岡医院、国立呉病院とスモン病で今日まで長期通院による治療を重ねたものである。発病当時スモン病の原因、内容も不明のため症状の推移に多くの精神的不安に悩まされ、はじめのうちはかなり無理して勤めも続けたが、昭和四五年六月長女公子を出生したこともあつて昭和四六年三月勤めもやめるに至り、現在主婦として家事と時々の買物等に従事している。しかし、その年令に比し、前記知覚及び運動障害等の残存のためその生活及び労働の範囲はかなり限定される状況にある。

7  損害額

(一) 慰藉料 二、二〇〇万円(但し被告チバ、同武田は内一、一〇〇万円の限度で被告国と連帯責任)

(二) 弁護士費用 一六五万円(但し被告チバ、同武田は内八二万円の限度で被告国と連帯責任)

(三) 合計 二、三六五万円(被告チバ、同武田は一、一八二万円)

8  関係被告

チバ、武田、国

二七ないし四三 <略>

第四章  結論

以上説示したところからすると、主文末尾添付の別紙「認容金額一覧表」記載のとおり、各原告らに対し、それぞれ、同表中各関係「被告」欄記載の各被告らは連帯(不真正連帯)して、同表中各認容金額欄記載の各金員(但し原告石田紀子については被告チバ、被告武田は同括弧欄記載の金員)及びこれらに対するいずれも本件口頭弁論終結の日である昭和五三年四月二八日より支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべきで、原告らの本訴請求は右の限度で理由があるのでこれを認容し、原告らその余の請求は失当であるからこれを棄却することとする。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を仮執行の宣言(各認容金額の三分の二の限度で認めるのを相当とする)につき同法一九六条を各適用し、なお仮執行免脱の宣言は相当でないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺伸平 三浦宏一 田中澄夫)

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